第5話 晴栖山邸の死闘①
誰も助けに来ないはずのアテナを庇う者があったからか。
襲撃者たちは、揃って驚愕。
斧の一撃がシュレディに通じなかったのは、今のシュレディがゲーム的には新規キャラクターで、【ルーキー保護】の対象になっているからだ。
新規キャラクターは一定の条件を満たすまでの間、対人戦の対象にならない。
ゲームに慣れる前に初心者狩りを受け、嫌になって引退してしまう悲劇を防ぐために、多くのゲームで類似のシステムが実装されている。
シュレディは大斧を受け止めたまま、背後の少女を一瞬見やる。
「下がれ」
「え? あ、はい!」
何が起こっているか分からない様子で呆然としていたアテナが、シュレディに言われてよろめきつつ立ち上がる。
シュレディは彼女を庇って立ち、濃緑色の毒薬に染まったダガーを構えた。
【!警告! 他のプレイヤーを攻撃するとルーキー保護が即座に解除されます】
【攻撃しますか?】
「はい!」
【本当に攻撃しますか?】
「はい!!」
【後悔しませんね?】
「はい、っつってんだろ!!!」
【ルーキー保護が解除されました】
シュレディを守るシステムの加護が消えると同時、シュレディ自身のセーフティーロックも弾け飛んだ。
そして、突撃。
向かってくるシュレディ目がけ、
敷石を割って斜めに突き刺さる大斧の脇を、シュレディはスライディングですり抜け(スカートは一瞬完全にめくれた)、黒騎士の背後の
【NO DAMAGE】【POISON!】
毒まみれのダガーが、
防具の隙間を狙い撃って攻撃すると、どうなるか?
アルターにおいては、防具の隙間や地肌に攻撃が当たった場合、『
相手はSランク防具で身を固めており、その防御力は、たとえ顔面を直接攻撃しても有効なのだ。
このシステムは、運営がビキニアーマーを実装したくて考え出したのだとも言われているが、真偽の程は定かでない。
「Dランク武器じゃ、地肌狙っても防具効果でノーダメかよ……でも、毒が入れば1分で死ぬよなあ?」
武器のダメージが通らないのは、シュレディも計算済みだった。
ダメージが通らなくても、クリティカルさえ出せば、武器に塗った薬液を相手に作用させたものと扱われるから、それでいい。
毒に冒された
「なんだこいつ!?」
「げ、解毒ポーションを……」
タクローは後退しつつ、ベルトポーチからスティック状のフラスコを取り出し、栓を抜こうとした。
その瞬間、シュレディはタクローに飛びかかり、神速の一突きを打ち込む!
【NO DAMAGE】【解毒ポーションの使用がキャンセルされました】
防具に受け止められてダメージは通らなかったが、タクローが抜こうとしたコルク栓は吸い込まれるように元に戻った。
解毒ポーションの使用に必要な時間は、スキルやクラス次第だが最低でも1.33秒。これは薬瓶の栓を抜く時間としてVR的に表現される。
早い話が、栓を抜ききる前に攻撃すれば、ポーションの使用はキャンセルされる。
シュレディが1秒に一回攻撃し続ければ、彼は薬が飲めない。
「解毒を邪魔し続ける気か!?」
「他に手があるかよ、スカポンタンども!」
突き出される
飛来する短剣を側転回避しつつ、タクローの足を払い、転倒した相手の喉を裂く。
左からの攻撃を逆手ダガーで受けてねじ伏せつつ、右手でタクローのローブの袖を掴んで一本背負いの要領で投げ飛ばす。
【NO DAMAGE】【解毒ポーションの使用がキャンセルされました】【NO DAMAGE】【解毒ポーションの使用がキャンセルされました】【NO DAMAGE】【解毒ポーションの使用がキャンセルされました】【NO DAMAGE】【解毒ポーションの使用がキャンセルされました】
HPの減少演出として血の気が引いていくのと同時に、タクローの顔に焦りの色が浮かび始めていた。
毒は確かに厄介だが、一般的に言えば毒だけで殺されることは少ない。解毒の隙に大技の準備をされるとか、毒でHPが削れたところにトドメを刺されるとか、そんな風に激しい攻撃とのコラボレーションあってこそ、毒は真に厄介なのだ。
まさか他に攻め手が無い相手に、毒だけで殺されるとは思わなかったのだろう。
これだけ執拗に攻撃されていては、状況を打開するための魔法も使えない。魔法発動までの詠唱時間に攻撃を受けると、やはり発動がキャンセルされる故だ。
――とは言え、初期装備はチュートリアル・クエスト用の毒ポーション1本だけだ! 解毒されたら、もう後がねえ!
武器に塗った薬液の効果は、数度の攻撃で拭い去られる。
シュレディのダガーは、とっくにすっぴん状態だ。そして、替えの毒はもう無い。
今、仕込んだ毒を解除されるわけにはいかない。
「こいつっ!」
「猿かよ!? ちょこまかと……!」
横薙ぎの大斧を走り高跳びのフォームで飛び越えて、タクローの向こうずねを蹴飛ばす。
スキルによって瞬間移動に近い高速で飛び込んでくるマジちゃんの腕を取り、交差しつつ蹴飛ばしてタクローにぶつける。
身を低くして前方にダイブし、振り下ろされたmikasa_JPの大斧を回避。小さな身体を活かして、タクローの股下をスライディングでくぐり抜けつつ金的に肘打ちをかます。
【NO DAMAGE】【解毒ポーションの使用がキャンセルされました】【NO DAMAGE】【解毒ポーションの使用がキャンセルされました】【NO DAMAGE】【解毒ポーションの使用がキャンセルされました】【NO DAMAGE】【解毒ポーションの使用がキャンセルされました】
mikasa_JPが兜のスリットから、汽笛のように鼻息を噴いて突進してくる。
「お前、いい加減にしやがれ!」
振り上げられた諸刃の大斧が闇のオーラを纏った。スキルである。
「……【
シュレディは一歩、足を引いて半身になり、振り下ろされた斧を回避。
高速・高威力の一撃が地面を思い切りぶっ叩く。そして、このスキルはこれで終わりではない。
一瞬の間を置いて、『着弾点』を中心に、同心円状の黒い衝撃波が地を這った。
燃え落ちた残骸や、焦げた芝を吹き飛ばし、それは周囲を薙ぎ払う。
今のシュレディが着ているのは初期装備だ。Sランク武器を担いだ上級職のスキルが当たれば、低威力の余波であっても一撃死確定である。
――ちっ!
その経験から衝撃波の当たり判定を見切ったシュレディは、後方に跳躍回避。
かすりもせず、避けきった。
だが代償に、シュレディは後退することとなった。
――まずい、距離が開いた!
解毒ポーションを使うには1~2秒。
仲間二人の攻撃をギリギリで回避しながら、あの
既にタクローは、薬瓶に手を掛けている!
周囲の情報全てがシュレディの頭の中で稲妻となって閃き飛び交った。
シュレディは、無数に散らばる
【遺留品箱:晴栖山アテナ 内容物1/1 ・包丁】
先程アテナが殺されたときの持ち物だ。
箱の中に入っていたのは、彼女がキッチンから持ち出したという包丁一本、ただそれだけ。
だが十分だ! シュレディは包丁を素早く取り上げ、鋭く腕を返し、フリスビーのようにぶん投げた。
「「なに!?」」
完全に意表を突かれた様子の二人を抜き去り、包丁は飛び、
【NO DAMAGE】【解毒ポーションの使用がキャンセルされました】
そしてタクローは喉をかきむしり、血を吐いて倒れる。
「ぐほ、はっ……!」
【シュレディ が タクロー を殺害しました】
仲間の死。
そのシステムメッセージに、mikasa_JPとマジちゃんが衝撃を受けた一瞬。
シュレディは自分がぶん投げた包丁を追って、崩れ落ちる死体に駆け寄っていた。
マジちゃんは反射的にシュレディに斬りかかるが、シュレディはそれを飛び越え、敵二人の肩を踏み台に跳躍。タクローの死体をクッションに着地。
そして。
「【
死体に手をかざし、システム
タクローの死体から武装が消え、流れ星のような光となって、シュレディの【インベントリ】に流れ込んでくる。
【ブラックロッド+3 の
【知啓の帽子+4 の
【竜鱗の登山靴 の
【その他の装備は破壊されました】
――よっしゃ、武器が残った!
このゲームでは死者から装備やアイテムを奪うことができるが、その時に一定確率で失敗が発生し、アイテムは電子世界の藻屑となる。
そして高ランクのアイテムほど、【
精鋭PvPer御用達であるSランク装備の【
シュレディは虚空に手をかざし、インベントリから武器を掴み出す。
先程までタクローが使っていた、漆塗りのような真っ黒な魔法の杖だ。
防具は今はどうでもいい。基本的に戦闘中の防具変更は不可能なシステムだ。
「杖な……職業適性は最悪だし、物理威力は元から低い武器だが……」
挑戦的に、挑発的に、シュレディは笑う。
そう、シュレディは笑っていた。自分は今、かつてないシチュエーションで燃えるようなPvPをしているのだ。どんな事情があって、どれほど絶望的な戦いだとしても、楽しいに決まっている。
「てめーらを殴り殺す鉄パイプとしては、十分だ」
そして頭上で黒杖を一回転させ、脇で挟むように構えた。
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