第4話 シュレディ降臨

 目眩のような感覚を覚える。

 光が収まったとき、気がつけばシュレディは鬱蒼とした暗い森の中で、眼帯を着けたガラの悪い男と向かい合って立っていた。


「あんだぁ? こんなガキが新入りか? へっ……天下の盗賊ギルドも落ちぶれたもんだな」

「うるせえ! チュートリアル・クエストはスキップだ早退しとけ!」

「え、あの、ちょっと」


 AI制御されるNPCキャラとの会話を無視して、シュレディは身を翻し、走り出す!


 スタミナの続く限り全速力で移動しながら、シュレディは設定コンフィグを整えた。

 最も重要なのは、HPなどのステータス・メッセージログ・ミニマップなどが視界内に表示されるよう設定を変更すること。いわゆる『HMD表示』とも呼ばれるものだ。

 雰囲気を重視するプレイヤーには好まれない表示だが、勝ちに行くなら必須である。


 その他諸々の通知設定をし、痛覚感度はデフォルトの0ではなく以前と同じ0.2に設定。ダメージを受けたときにVR痛覚を発生させる設定はマゾ以外にはあまり好まれないものだが、敵の攻撃の種類・方向・強度を最も速く認識できる手段である。


「……っつーか……ヤバイ! このキャラクリ失敗だったかも知れん!」


 走りながらシュレディは少し後悔した。


「スカートと髪が……! ぶわーって広がって邪魔だし、歩幅が全然違ぇし! あと、なんだこれ!? 胸ってこんなに重いの!?」


 想像以上に、身体を動かした感覚が違った。

 アナログコントローラーや、キーボードとマウスで操作する古式ゆかしいゲームであれば、全く違う体型にキャラクリされた全てのキャラを同一の速度で走らせることも可能だが、VRの場合はそれだとかなりの無理が出る。

 そこでアルターは、キャラの体型による動作の『重み付け』をそこそこリアルに行っていた。


 ゲーム的に考えるなら、腕が長い方が武器攻撃の射程が長いし、身軽な方が動きやすく、小柄な方が当たり判定を小さくできる。

 さらに体型に応じた多少の能力ボーナスも付与されるので、どの体型が戦闘で有利とは一概に言えないバランスだった。

 目的とする構成ビルドに合わせて体型を選ぶ者も居るし、趣味を優先する者も居る。そして、どんな体型が強いかという議論は宗派間対立の様相を呈していた。

 そんな中で唯一、満場一致で良くないと言われるのが、体型をコロコロ変えることだ。キャラクリエイトをやり直す機能も存在するのだが、無闇に、大幅に体型を変えると感覚が狂うとされる。今のシュレディはそれと同じような状態だ。

 あと初期服はせめてパンツルックにすれば良かった。スカートを甘く見ていた。


「くそっ……走りながら感覚合わせねえと……!」


 ちなみにジャガー麺は、どんな構成ビルドにも対応できるよう、オールマイティーな中肉中背の細マッチョ体型にしていた。体型まで特化させた構成ビルドには能力的に僅かに劣るが、身体の感覚を変えない利点を取った形だった。


 走りながらシュレディは持ち物を確認する。

 どんな職種クラスでゲームを初めても、チュートリアル・クエストで使うだけの装備は持ち合わせているのが普通だ。


 流石のジャガー麺と言えど、何度もキャラを作り直してこのゲームの全てのチュートリアル・クエストを見たりはしていない。なにしろ人種と職種クラスに合わせて100以上存在すると言われるのだから。

 だが、期末試験の勉強をしながらチュートリアル・クエストのまとめ動画を見たことはあった。


 アルターは戦い方の自由度も高いゲームで、基本的には好きなように武器やスキルを組み合わせて戦うことができる。

 そんな中で、選んだクラスによって武器の向き不向きが存在し、特殊な能力によって唯一の長所が生まれるようバランス調整されている。


 盗賊ローグに向いている武器は、短剣ナイフや投擲物など。

 また、クラスの特徴と言えるのは、特殊な装備やアイテムを持たなくても瞬時に武器に薬液を塗布する【薬塗り】が使えて、その効果が高まることだ。

 鍵開けや窃盗行為も少しやりやすくなるのだが、そのことは今はどうでもいい。


「【薬塗り】!」


【ノービスダガー に 毒ポーション が付与されました】


 チュートリアル・クエストでは、クラスの特徴を理解させるためのプログラムが組まれていて、初期装備はそれに合わせて選ばれている。

 シュレディは走りながら、荷物に一本だけ入っていた毒ポーションを、腰に差していたダガーナイフに塗りつけた。


 スタート地点である森の奥から、平原に近い森林外縁部に近づくにつれて、周囲は明るく、ピクニック客で賑わいそうな雰囲気になっていく。だが、周囲ののどかな景色と裏腹に、きな臭いニオイが漂い始めていた。


 やがて、木々の向こうに赤い光が見えた。


「ここか!」


 趣味の良いカントリーハウス……だったもの。

 森を切り拓いた明るい広場に鎮座するその家は、訪れる者に童話的な感動を与えたことだろう。

 だが、その本来の美しい姿を思い描こうとしても、惨劇の赤が全てを塗りつぶしてしまう。


 プレイヤーの死の痕跡である、遺留品箱デスボックスが散乱する中、血溜まりにへたり込む少女が一人。

 そして、三人の襲撃者は、彼女に武器を突きつけ、見下ろしていた。


「もう……やめて……」

「お前たちは、チートで何人のプレイヤーを苦しめた? そいつらが『やめて』って言ったとき、お前らはやめてあげたのか?」

「チートって何よ! そんなのやってないわよ!」

「反省してませんぞ、裁判長」

「じゃあ、死刑」


 重装騎士グレートナイトが、巨大な長柄の諸刃斧を振り上げる。

 そして。


 枝葉を蹴立て。

 血まみれの敷石を蹴って。

 長い髪を翻してシュレディは駆け込み、少女を庇って立ちはだかった。


 振り下ろされた斧はシュレディのかざした腕に触れた瞬間、ピタリと停止する!


【ルーキー・プレイヤーは攻撃できません】


「「「なっ!?」」」

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