ライオン
すずち
第1話 境界に立つ者
風の音しか聞こえなかった。
草木のまばらな地を渡るそれは、乾いた大地をなぞるように吹き抜け、森の名残をかすかに揺らしていた。
レオは境界線の見張り台にひとり立ち、夜明けの空を見上げていた。
本来の意味での“敵”が現れることは、もうない。
かつて存在した外の国々は、環境の崩壊とともにほとんどが消滅してしまった。
森も畑も年々痩せ細り、ここに残された男たちの暮らしは、いずれ限界を迎えると誰もが知っていた。
それでも、都市には入れてはもらえない。
レオは毎朝ここに立ち、都市と男たちの間の境界線を見守る。
それはただ彼自身の中にある何かを、確かめるための行動だった。
足元の地面に目をやると、割れた土の裂け目が朝日を受けて赤く光っていた。かつてこの辺りには、もう少し草があった。今では、風が吹けば砂塵が舞い上がるばかりだ。
「……また少し、削れたな」
呟いた声が風に消える。誰に聞かせるでもなく、ただ確認するように。
森の奥では男たちが暮らしている。畑では細々と作物が育ってはいるが、水は不足し、土はやせ細っている。
もう長くは持たない――そのことを、レオは誰よりもよくわかっていた。
ふと顔を上げると、遠くに都市の影が見えた。
セントラルシティ。円形の防壁に囲まれ、内部では女性たちだけの社会が築かれている。秩序は保たれ、すべてが管理されているという。
あの中に、かつての自分が心を預けた相手――“彼女”がいる。
「マーナ……」
その名を口にしたのは、いつぶりだろうか。
記憶の中の彼女は、今の都市の象徴そのものだった。感情を封じ、正しさだけを選ぶ冷静な統治者。だが俺は知っている。彼女もかつては、心で選ぶことができる人間だった。
都市は男たちを拒む。
たとえ彼らが生きていけない状況にあっても、それを「自然の摂理」として受け入れるのが、この新しい社会の理屈だった。
だが、それでいいのか――
レオは拳を握りしめ、ゆっくりと息を吐いた。
それでも今日も、彼は境界線に立つ。まだ答えが出ないからだ。いや、答えが出ているのに、受け入れられないだけなのかもしれない。
何かが始まろうとしていた。
それが、彼の過去を、未来を、そして都市の安定を揺るがすものになるとも知らずに。
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