ポーション使い、覚悟を決める


 人気の全くない住宅路を、レイカはおそるおそる歩き進んでいく。

 やがて、家々の屋根越しに、そびえ立つ高層マンション群が見えて来た。あれらが建っているのは駅のすぐそばである。


「何なんだ、あのバカでかい建造物は」


 アイクは、それらの高層住宅を見上げて、大きく目を見張っている。


「人が住んでいるんだよ」

「……王宮か、何かか?」


 またもや頓珍漢な解釈をしている彼の言葉を、レイカは軽くスルーした。


「この先を、もう少し行った所に、スーパーがあって……」


 そう言いながら大きな通りへと出た途端、レイカはその場で硬直してしまう。

 一直線に続く片道一車線の道路。その行く手を完全に塞ぐように、夥しい数のゾンビたちが路上に屯していた。

 その数、軽く五十以上はいるッ!


 スーパーがあるのは、それらゾンビの群れの向こう側である。


「さ、さすがに、行くのはムリっぽいよね?」


 レイカは、アイクの背中に隠れながら訊く。


「ああ、迂回した方が良さそうだな」


 ゾンビの集団から何体かが、既にこちらへ向けて歩み寄ってきている。

 レイカたちは、すぐ脇にある路地へと入った。


 雑居ビルの谷間にあるその狭い道を、半分ほどまで歩き進んできた。路地の反対側に、ゆらりと人影が現れる。

 ゾンビだ。動きのシルエットだけで、即座にそう判断できた。

 その数は三体となり、細い路地をこちらへ向けてゆっくりと歩み寄ってくる。

 アイクがゾンビらへ向けて水鉄砲を構えた。

 さらに、もう一体……て、どんどんその数が増えて行くぅッ!


 七、八体ほどのゾンビが列をなして、こちらへと迫ってくる。


「戻るぞ」


 アイクの言葉にレイカは慌てて踵を返した。


「ぴやあああーッ!」


 瞬間、レイカは悲鳴を発する。

 路地のそちら側からも、ゾンビたちがやってきていたからだ。きっと、先ほど、あちらの大きな通りで屯していたヤツらだろう。


 細い路地のちょうど真ん中で、レイカとアイクは立ち尽くしてしまう。挟み撃ちで、ゾンビの群れが双方から迫ってくる。


「こ、ここへ入るぞ」


 アイクは、すぐ目の前にある五階建てくらいの雑居ビルを指差す。


「う、うん」


 二人で、そのビルへと駆け込んだ。

 狭い階段を、夢中で駆け上がる。

 一気に三階まで上がってくると、そこは理髪店だったと思われるフロアだった。

 壁に大きな鏡が並び、それぞれの手前に散髪台が設置されていた。

 もちろん、今、店内には誰もいない。

 大きな窓から、レイカは階下を覗きんだ。


 路地は、もはやゾンビの群れで埋め尽くされていた。まるで、縁日のような様相である。


「あいつら、上へは来ないのか?」


 アイクの懸念に、レイカが応じる。


「それは、平気だと思う」


 ゾンビたちは、階段などを上がるのが苦手なようだった。まれに這って登ってくるヤツもいるが、大抵は階段を前にすると諦めて引き返す。

 ここに留まれば、一応は安全なはずである。


「とりあえず、あちらへ戻るか?」

「そ、そうだね」


 アイクの提案に、レイカは応じる。

 どう考えても、今はこの建物からは出られそうにない。


「ゲート」


 アイクとレイカは、宿の部屋へと戻って来る。


 ◇


 ゾンビたちが、どこかへ去るのを待つか?


 俺は思案する。

 とはいえ、時間が経てばヤツらがあの場からいなくなるという保証はない。

 下手すれば、さらに数が増えるかもしれず、そうなれば、あの建物から出られなくなる。

 それは即ち、「詰み」だ。

 せっかく、可能性に満ちたあの世界で、身動きが取れなくなる事態は是が非でも避けたい。


「『スーパー』へ行けば、間違いなく塩と胡椒は手に入るのか?」


 俺からの問いに、レイカは頷く。


「うん。近くには、他にも色々とお店があるし」


 無理してでも行く価値は、ありそうだ。


 俺は、リュックの中と、部屋にあるポーションをすべて集める。……もう少し必要だろう。


 これはもう、腹をくくるしかない。


 宿を出て、俺はすぐそばにある馴染みの道具屋へと駆けて向かった。そこで、買えるだけのポーションを購入して、部屋に引き返す。

 これで、もはやほぼ無一文である。


「どうするつもり?」


 ポーションの小瓶をいっぱい詰めた袋を抱えて戻った俺に、レイカは問い掛ける。


「あのゾンビどもを始末する」


 勇ましいセリフを吐く俺に、レイカはちょっと意外そうな顔をする。

 すべては、塩と胡椒をゲットするためだ。


 重くて脆い瓶に入ったポーションの薬液を、ペットボトルに移し替え始める。


「洗った方がいいと思うよ」


 レイカは、まるで汚いものを見る目で、そう忠告してくる。ゴミであるそれらのペットボトルは、使用済みのものだという。見た所、気になるほどの汚れはない。

 それに、薬液を浴びるのはゾンビなのだから、別に気にならない。


 もはや、ポーションは一滴たりとも無駄にはできない。これらを、いかにすればあの路地のゾンビどもに効率的に浴びせられるか。


 俺はあれこれと思案する。もう金はないから、新たな道具を調達するのは難しい。


「何か良い方法はないか?」


 アイデアを請うと、レイカは、「うーん」と考え込む。

 その後、彼女はふと何かを思いついた様な顔をした。

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