ゾンビどもを蹂躙する
「ねえ、先が尖ったものってある?」
レイカから、そんな要望を受けた。
俺は、宿のおかみさんに頼んで、千枚通しを借りて来る。
「こんなもの、何に使うんだい?」
おかみさんからは、相当、訝しがられた。が、俺自身がそれを知りたい立場だった。
レイカは一本のペットボトルから蓋を外す。
借りて来た道具を使って、それの上面にいくつも小さな穴を穿ち始める。
「おいおい、もったいないだろう」
俺は慌てて、その作業を止めようとする。
「こんなもの、いくらでも手に入るって」
確かに、さっき避難した建物の中でも、ゴミ箱などから数本のペットボトルが得られた。
それが、ありふれたものである事は、嘘ではないようだ。
蓋には、レイカによって十くらいの小さな穴が環状に開けられた。それとボトルを手に、宿の一階にある共同の炊事場へと、俺たちは移動する。
レイカはペットボトルになみなみと水を注ぐ。穴だらけの蓋をそれに嵌めた。
両手でそのペットボトルを持って、流し台の上で逆さにする。ギュッと力を込めて、ボトルを握りしめた。
すると、蓋の穴から、幾本もの水の筋が、一斉に放射状に飛び出てくる。
「これなら、効率的に水を撒けるでしょ?」
「……お前、天才か?」
本気で感心する俺に、レイカは苦笑を返す。
「動画で知ったワザだよ」
「何だ、それは?」
時々、レイカはよくわからない事を口にする。
とりあえず五つ、ペットボトルの蓋に同じ様な穴を開けた。
今、手元にあるペットボトル、およそ三十本の全てを、ポーションの薬液で満たす。
それらを、レイカと二人であちらの世界へと運び込んだ。三階、窓辺の床に、ずらりとペットボトルを並べる。
階下の路地は、相変わらずゾンビどもで溢れ返っていた。
(……さっきより、数が増えていないか?)
軽く、七、八十体はいそうだった。これ以上、増えてもらっては困る。
「やるぞ」
力強く言う俺に、レイカは頷き返す。
俺は、両手に蓋が穴が嵌められたペットボトルを持って、窓から身を乗り出す。
ペットボトルを逆さにする。それらを強く握り締めた。蓋の無数の穴から、液体が噴き出す。
くらえッ!
ゾンビたちの頭上にポーションの雨が降った。
およそ、十五分後。
階下の路地は、倒れ伏したゾンビで埋め尽くされていた。
まさしく、死屍累々である。
既に、消失してしまっている個体も多い。
俺の足下の床には、空になったペットボトルが十数本転がっている。
あのゾンビども、恐らく、知能はかなり低い。
浴びた者らがもがき苦しむ様から、空から降り注ぐ液体が、自分たちにとって極めて有害であると察知できたはずだ。
が、ゾンビたちは、誰もその場から逃げ出す事はしなかった。
ひたすら前へと進む意思のみに支配されているのか、地面に倒れたゾンビらの身体を踏み越えて、路地の中程へと集まってきた。
おかげで、ヤツらの頭上へ、ラクに薬液を浴びせ続けられた。
ペットボトルが空っぽになると、傍らで屈みこんでいたレイカが、ポーションの薬液が満タンのペットボトルを手渡してくれる。
レイカは、空になったボトルの蓋を外して、薬液が入った別のペットボトルに付け替える。
チームプレイで、間断なく、眼下のゾンビらの頭上に(ゾンビにとって)猛毒の雨を降らせ続ける事が出来た。
「大体は始末できただぞ」
俺が言うと、レイカは立ち上がって窓から下を覗き込む。
「うわ、すごッ!」
階下の惨状に、レイカは目を丸くする。
俺とレイカは、階段を降りた。
外へ出ると、まだ五、六体、路地の少し離れた場所にゾンビが佇んでいる。
それらは、俺の水鉄砲で即座に始末した。
(……も、ものすごい力が、わき上がってくるのを感じる)
これだけの数の魔物を、一度に倒しまくったのである。
相当に、レベルが上がっているはずだ。
さっそく、ステイタスを確認してみる。
『Lv:17』
カイルたちのレベルは、全員、二十代なかば程度だった。このままいくと、早晩、追いついてしまうかもしれない。
ゾンビたちは、みるみる溶ける様にその身体を消失させていく。やはり、路上の何処にも魔石は見当たらなかった。
「なんで消えちゃうのかなあ……服や靴まで」
レイカは不思議そうな顔でそう口にする。
「決まっているだろう、魔物なんだから」
俺は当たり前のように、そう言った。
「まもの?」
レイカは、キョトンとして首を傾げる。
魔物の身体は『魔素』により満たされている。彼らが、通常の動物などよりも強靭な身体を持つ所以だ。身に着けている衣類等にも魔素は浸透し、それらはいわば魔物の一部となる。それゆえ魔物と同時に消え去る。
あちらの世界では、常識とされている事だ。
こうして消失する事から、このゾンビは間違いなく「魔物」と呼べる存在なのだろう。
が、魔石を残さない。これについては、なぜなのか、全くもって俺には理由がわからない。
この世界の魔物は、あちらの世界のそれとは異なる存在なのだろうか?
レイカの反応を見るに、彼女にとってはこのゾンビが初めて遭遇する魔物のようだ。
この世界に、他の魔物は棲息してのいないのか。
俺は、代表的な魔物の特徴についてレイカに簡単に説明してみせた。
「そういうのは、いるってうわさもあるけど、多分、都市伝説だよ」
レイカは、相変わらず、よくわからない事を口にする。
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