第29話 神の戦い、仙の戦い

「そんな子供じみた理由でこんなに大騒ぎして、恥ずかしくないの?」



 そう言って、呆れた目を向けるタオ。


 タオに切られた腕を押さえ、憎々しげな目でこちらを睨むカルキノス。



『お前のような子供に、余の屈辱が理解できるものか!』



 そう叫んだカルキノスの身体は膨れ上がり、



『かくなる上は、余の真の姿をもって相手してくれるわ!』



 先ほどの大蟹をも超える巨大な蟹にその姿を変える。



『ふふ、どうだ! 驚いたか! これが余の真の姿だ!

 ヘラクレスの時は、不意打ちを狙っていたが故に小さくなっており、おかげで不覚を取っただけのことよ。

 本来の余の姿であれば、あのヘラクレスにさえ遅れを取ることなどなかったのだ!』



 そう言って、巨大な鋏を振り下ろすカルキノス。


 だが、それはタオに掠りもしない。


 巨大な7本の脚(1本は先ほどタオに切られた)で踏み潰そうにも、その動きを捉えることができない。


 禹歩。


 その姿は霞のように現れては消え、知らぬ間にカルキノスの外殻に刀疵が増えていく。


 そして、遂には新たに1本の脚が切り落とされた。



 グギギギーー!!



 更には、



「うおおお!!」


「はぁ!!」



 重い2つの斬撃がもう1本の脚にひびを入れる。


 バルドとアンドレの攻撃。



「そっちは片付いたの?」


「大蟹は全て倒しましたぞ!」


「残りの蟹もそう多くはありません。あちらはレイア嬢がいれば問題なさそうですので、これより我らも加勢いたします」



 そう言って剣を構えるバルドとアンドレを憤怒の表情で見下ろすカルキノス。



『おのれ! おのれ! おのれ!

 ヘラクレスの子孫だけでなく、このような小娘までおったとは……。

 その容姿……おおかた、東方より流れてきた地仙の類か!

 えぇい! 生意気にも、天空に座を持つ余に歯向かうなど、身の程を思い知らせてくれる!』


 

 両手の鋏を天高く振り上げ、



『開け! 冥府の門!』



 その声を遠く夜天へと響かせた。



「なんだ、あれは!?」


「雲? 霧?」


「おいおい、どんどんデカくなってくぞ!?」



 夜闇の中で、天空のある一点のみが更に闇を深めていく。


 その位置にあるのは、蟹座。


 それは、まるで夜空に空いた深い穴のようで……。


 いや、それは文字通り、この世とあの世を結ぶ大きな穴。


 その証拠とばかり、夜空に空いた巨大な穴から大量に溢れ出す悪霊の群れ。


 それらは瞬く間に領都ラモスの空を埋め尽くし、辺りを新たな闇で包み込んでいく。



『ははっ! どうだ、余の力は? 地上をうろつく地仙魔女などとは格が違うのだ!

 これが天に位を持つ本物の神の力よ!』



 本物の神……その言葉に、兵の、冒険者の間に動揺が走る。



「俺たちは、神と戦っていたのか?」


「そんなの、勝てるわけないよ!」


「それよりも、神に弓引いたってことは……俺たちみんな、タルタロスに落とされる!?」



 動揺しているのは、兵や冒険者たちだけではない。


 タオのことを女神と知っている思っているバルドやアンドレにしても、この状況は想定外で……。



(相手が神となれば、もはや我ら只人にどうこうできる問題ではない)


(タオ殿も間違いなく神だろうが、どれほどの神格かと言われると……)



 既に自分の、領の行末はタオに委ねるしかないと諦めムードのバルドと、おいしそうにお菓子を頬張る普段のタオの様子を思い浮かべ、不安げなアンドレ。


 そんな2人に見つめられたタオはというと……。



(なるほど、こいつ、本当に神だったのか)



 一人納得していた。


 ただの魔物にしては強過ぎると思ったんだよ。


 そうかぁ……自称ってわけじゃなかったんだ。


 ただ、神にしては纏っている気が俗っぽ過ぎるし、多分、偉い神様の眷属神とかなんだろうけど……。


 でも、神か……相手が神で下界で神の力を使うっていうなら、こっちも手加減する必要はないね!



『炎龍招来』



 タオが呪を唱えると同時、炎の渦が天空へと立ち昇り、それは収束して一匹の巨大な龍にその姿を変える。


 赤赤と燃える炎を纏った東方の龍は、悪霊で埋め尽くされた夜空を飛び回り、そのすべてを燃やし尽くす。


 まさに神話の中でだけ語られるような光景を目にし、領都の人々が恐れ慄くなか……。



『なっ、なっ、なんなんだ!? おまえ、なにカニ!? こ、こんな、こんな!?』



 黒い外殻を真っ赤にして、カサカサと脚を振るわせるカルキノス。



「人との喧嘩で冥界の門を開けるなんて世の理に反したことしたら、もう神罰の対象だよね?

 流石に、これを止めるのに仙術を使ったとしても、神様も文句は言わないと思うよ」



 そう言うタオの身体からは、凄まじい仙気が溢れ出している。


 それは、自分のような従属神とはレベルが違う、まさに天界に住む神々のもの。


 これは……地仙の仙気などではないカニ……これは、天仙の仙気ぃ!?


 まずい! 殺されるカニ! に、逃げる? どこへ? いや、たとえ逃げても、あとでオリンポスに告げ口でもされたら、それこそヘラ様に殺される!?


 ここは、なんとしてもこいつを始末して……そうカニ!



『ふ、ふん、なかなかやるではないカニ! だが、その余裕の態度もここまでカニ!』


「……カニ、カニって、素が出てるよ」



 背後に炎龍を控えさせたタオのツッコミに狼狽えるも……。



『う、うるさい! 余裕でいられるのも今のうちよ!

 冥界の淵より出よ! 冥府の番犬、ケルベロス!』



 ガルルルルーーーー



 カルキノスの呼び声に応えるように、大気に響き渡る唸り声。


 やがて、天空に空けられた大穴から顔を出すのは、巨大な三つ首の獣。


 冥府の番犬、ケルベロス。


 この世とあの世の境を守り、神をも噛み殺すと言われている神話級の怪物。


 本来であれば、カルキノス程度の神格でどうこうできる相手ではない。


 だが、カルキノスとケルベロスの間には、ヘラクレスと戦った者同士という縁がる。


 流石に、ヒドラもどきの時のように使役することはできないが、ただ呼び出すだけならできる。


 冥界の門は開いているのだ。


 獰猛なケルベロスあやつのこと、一度地上に呼び出してしまえば、あとは勝手に暴れてくれるに違いない。



 こうして現れた神話級の怪物が、タオの前に立ち塞がる。



『ふふ、どうだ! 驚いたか、東方の仙よ! 西方にはこのような化け物もおるのだ!

 西方の事情に首を突っ込んだことを悔いて、タルタロスに堕ちるがいい!』



 ケルベロスの助力を得た(と信じた)カルキノスが口から泡を飛ばして吠えるも、タオに怯える様子は見られない。


 と、いうか……なんだか、嬉しそうで?



「お手!」


「バフ!」



 足元に差し出された小さな手に、タオを傷つけぬよう優しく前足の爪を乗せるケルベロス。


 ケルベロスも嬉しそうに見える。



『なっ、なっ、……!!??』



 混乱するカルキノスをよそに、ケルベロスを撫で繰り回すタオと、それを喜んで受け入れるケルベロス。



「ケルベロス、久しぶり! 最近、一緒に遊んであげられなかったけど、元気だった?」



 死への恐怖を克服する修行の一環として冥府を歩かされた折、たまたま迷い込んだ西方エリアで偶然ケルベロスに出会ったタオは、色々あってすっかりケルベロスと仲良くなっていた。


 ケルベロスがタオに懐いてしまったとも言う。



「ケロちゃんに会わせてくれたのは嬉しいけど、やっていいことと悪いことがあるよね?

 冥府の悪霊だけでも問題なのに、おまけにケロちゃんまで下界に呼び出して……。

 これは、罰を与えても問題無いよね?」



 ひとしきりケルベロスをモフって落ち着いたところで、そう言ってカルキノスを睨みつけるタオと、ギシギシと震えながら泡を吹くカルキノス。



「炎龍よ、喰らい尽くせ!」



 タオの指示に従い、タオの後ろに控えていた炎龍がカルキノスに襲いかかる。


 巨大な龍の顎門あぎと大蟹カルキノスを噛み砕こうとするまさにその時、



「待ちや!」



 世界を従える声が響き渡った。

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