第28話 領都攻防戦

『実に忌々しい!』



 日に日に発展していくラモスの様子に、ギシギシという音を響かせる。


 ヒドラもどきの討伐だけでは飽き足らず、ヒドラの毒をあの家畜小屋の時と同じ方法で浄化するとは……。


 おまけに、ネメアの獅子まで手懐てなずけるだと!?


 だが、これは好機だ!


 あの街ラモス水辺アケロンの大河から離れていたせいで、これまでは直接手を出すことができなかったが……。


 だが、今ならあの水路がある。


 こうなれば、余が自らの手であの憎きヘラクレスの子孫どもを血祭りにあげてくれるわ!



 ……



 その夜、人の大きさほどもある巨大な蟹の大群が運河を通って領都ラモスに向かっているという知らせが、アケロンの大河近くの冒険者ギルド出張所から届けられた。


 街には警鐘が鳴らされ、領都ラモスにいるBランク以上の冒険者には非常呼集がかけられる。


 領主バルドの指揮の元、ラモス領の全兵士が魔物の襲撃に備えて街の防衛につく。


 まだ明けきらぬ夜闇の中、ギシギシという不気味な音が城壁の外から聞こえてくる。



「タオ殿、これは……!?」


「うん、蟹だね。味はどうなんだろう? ボク、まだこっちで蟹って食べたことないんだよね」


「な、何を呑気な! 私が感じられる範囲でも、かなりの数が潜んでいますよ」


「……100、いや、200以上はいますね。どれもBランクに匹敵する強さです」


「レイアお姉さんもだいぶ気を読むのが上手くなったね。陸に上がってるのは100ちょっとだけど、水辺に潜んでるのも入れると、軽くその倍以上はいるね」



 街を守る城壁の上で、そんな会話をするタオとアンドレ、レイアの3人。


 現状、バルドは領軍の指揮を、ギルマスは冒険者の陣頭指揮を、カテリーナは後方支援の取りまとめと街の住民への対応に奔走している。


 既に戦端は開かれており、街の城門近くでは、冒険者、街の兵士と蟹たちとの戦闘が始まっていた。



「くッ、硬い! 槍が刺さらねぇ!」


「あのハサミ、ヤベェぞ!!」


「一人でかかろうとするな! 複数で取り囲め! 関節の隙間を狙うんだ!」



 苦戦しながらも、なんとか蟹の街への侵入を食い止めている冒険者と兵士たち。


 そんな中で、



「うおおお!!!」



 気合いと共に、目の前の蟹を一刀両断するのはラモスの街の領主バルド。


 その勇姿を前に、兵と冒険者たちも奮い立つ。



「いけ! こちらには領主様がついている! 蟹などに遅れを取るな!」



 押され気味だった前線を押し返すも……。



「伝令! 新たに運河より現れた蟹、多数! こちらに押し寄せて来ます!」



 城門の上から戦場を見張っていた兵士の声が響く。



「ちきしょう! 新手か!?」


「一体、どれだけいるのよ!?」



 冒険者、兵士の間に再び動揺が走る。


 そして、現れた新たな蟹の大群。


 しかも、その中には……。



「でかい!」


「なんだ、あれ!?」


「あんなの、聞いてないぞ!?」



 今までの蟹の倍ほどの大きさのものも混じっているのだ。


 自分たちを軽く見下ろすその巨体に、兵士、冒険者とも浮き足立つ。



「行きます!」



 タオと共に状況を見守っていたレイアの姿が、その場から消える。



「レイア嬢! 私も!」



 遅れて飛び出していくアンドレ。


 その姿を黙って見守るタオは……。



「……なんか、変なんだよねぇ。これって、ただの魔物なのかなぁ……?」



 蟹の大群の遥か後方を眺めながら、そんなことを考えていた。





『ふん、思ったよりやるではないか。

 だが、所詮ただの人間の力など高が知れている。

 大蟹の相手ができているのは……あの2人くらいか』



 カテリーナより贈られたタオ監修の剣を振るうのは、タオの金丹のせいで大幅なパワーアップを果たしたバルドと、タオに鍛えられたアンドレ。


 その剣の冴は素晴らしく、並みの蟹なら一刀両断。あの大蟹とさえ互角の戦いを演じている。


 その陰で、次々と迫り来る蟹どもの脚を止めているのはレイア。


 彼女が目の前を通り過ぎたかと思えば、正面の蟹がバランスを崩し、その場から動けなくなる。



「うおぉ! レイアの姐さん、さすがだぜ!」


「野郎ども! 動けなければこっちのもんだ! あの蟹、串刺しにしてやれ!」



 レイアが関節を斬って動けなくなった蟹を、冒険者が始末していく。

 

 大蟹の参戦で一時は傾いた戦況も、徐々にまた戻りつつあるが……。



『あの2人、ヘラクレスの子孫に間違いない。余の前に姿を見せたのが運の尽きよ』



 水辺より、ゆっくりとした足取りで現れたのは、黒い甲冑を纏った一人の男。


 男が進むと蟹たちは道をあけ、まるで男の進む道を守るように横に控えていく。


 その異様な光景に兵も冒険者も剣を止め、思わず蟹たちの中心にいる男に視線を向ける。



『余は夜天を統べる12の王が一人、カルキノス! 頭が高い、控えよ!』



 戦場に轟く男の声に、蟹も、人も、全てがその動きを止める。



『そこの2人、こちらに来い!』



 そう言って、バルド、アンドレの方を睨みつけるカルキノス。


 その声に一瞬気押されるも、バルド、続いてアンドレがカルキノスの方に進み出る。



「……先ほど、貴殿は自分を“王”と言われたが……ならば、これは貴国が我が領に戦争を仕掛けた、という解釈でよろしいか?」


『ふん、戦争? そのような大層なものではないわ。目障りだから殺す、それだけのことよ』



 バルドがカルキノスから感じるオーラ……それは、とてもただの魔物や人が放つものではない。


 この男が自分のことを“王”と言うなら、確かにその通りなのだろう。


 だが、仮にも自分を王と名乗る者が、なんの宣戦布告もなく、こうして一方的に魔物を率いて攻め込んできている以上、ラモスを治める領主として、ここは戦う以外の選択肢などありはしない。


 それが、どれほど高貴な血筋の王であったとしてもだ!



「あいわかった。貴様が何者であれ、我が領を侵略する敵であることに違いはない。

 ならば、斬り伏せるのみ!」



 その言葉を合図に、再び戦場が動き出す。


 攻め寄せる蟹と、それを迎え撃つ人と……。


 だが、戦況は蟹に傾きつつある。


 唯一大蟹を抑えられていたバルド、アンドレの二人が、カルキノスの相手で動けない状況で、大蟹に立ち向かえる者などいない。


 レイアがかろうじて足止めできているが、それでも決定打は与えられずにいる。


 そして、バルド、アンドレもまた、カルキノスの重い斬撃を抑えきれず苦戦していた。


 このままでは……。


 そう皆に絶望が広がりかけた時……。



 キィーーン



 巨体のカルキノスが振り下ろした大剣を、こともなげに受け止める小柄な少女。


 ひどく場違いな光景に、その様子を見ていた周囲の兵が、冒険者が混乱する。



「君の相手は、ボクがするよ」



 そんな軽い調子でカルキノスとの戦闘に乱入してきたのはタオ。


 突然、目の前に現れた少女に、戸惑いを隠せずにいるカルキノス。



『貴様、誰だ!? 余の邪魔をするな!』



 繰り返し重い斬撃をタオに向かって繰り出すも、タオはそれを涼しい顔で受け流す。



「あぁ、こいつの相手はボクがしとくから、バルドさんとアンドレさんは他の蟹を片付けてきて」



 そんなことを言う余裕すら見せる。



『くっ! 逃げるな、ヘラクレスの子孫ども! 余の復讐はまだ終わっておらぬ!』



 タオの指示を受けて、カルキノスの元を離れようとするバルドとアンドレに怒鳴りつけるも、



「君にはそんな余裕ないよね?」



 カルキノスの大剣を受け流したタオの剣が、そのまま滑るように大剣に沿って移動し、体勢を崩したカルキノスを斬りつける。



『グァあああ』



 腕を切られた痛みに後ずさるカルキノス。



「ねぇ、ところで、復讐って何? ヘラクレスって、ヘラクレスおじさん……ギリシアの神々の一柱のヘラクレス様のことだよねぇ?」


『あぁ、その通り。そのヘラクレスのことよ! 余は許さぬ! あの戦いでの屈辱! 余をまるで蟻でも踏み潰すかのように……あの戦いのせいで、余がどれほど恥ずかしい思いをしたか!』



 タオに流れ込んでくるのは、英雄ヘラクレスがヒドラと戦った時の記憶。


 女神ヘラの命を受け、意気揚々とヘラクレスとの戦いに加わったカルキノスは、碌に相手にもされぬままヘラクレスに踏み潰されて死んだ。


 ヘラクレスの神話に語られるヒドラ討伐の逸話の中で、自分の存在は無いに等しい……いや、むしろ、ヘラクレスの強さを強調するための雑魚キャラ扱い。


 ヘラ様はその時の貢献を讃えて余に神格を与え、夜の星座にまでしてくれたが……。


 むしろ、それは、“ヘラクレスにあっさり踏み潰された蟹”という不名誉な事実を、後世にまで喧伝するだけのものとなってしまった。


 あのヘラクレスの逸話が語られる時、余がいつもどれほど恥ずかしい思いをしてきたか!?


 だからこそ、余は復讐を誓った。


 今や正式な神となってしまったヘラクレスは無理でも、血が薄まり、力が弱くなったヘラクレスの子孫であればそれも可能。


 そして、余はずっとチャンスを待ち続けたのだ。


 ここでヘラクレスの子孫どもを蹂躙することで、あの時の借りを返す!



 ……



 そんなカルキノスの事情を読み取ったタオは……。


(馬鹿馬鹿しい……)


 呆れ返っていた。

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