旅する猫の占い師

@HolySheen

第1話 虹の橋と肉球の預言


 お伽の国の片田舎にあるマスターキャットビレッジの公園で、朝七時ちょうどから始まった集会には、この村に住む三十匹ほどの猫が来ていた。村長と思しきその中の一匹が、拡声器を介してこう言った。


「えへん。本日、皆様にご参集いただきましたのは、ひとえに、肉球占い師として研鑽を積んでこられた黒猫のマック・ジョーンズさんと、その御息女で占い師見習いの黒猫、ルナちゃんが、この集会を終え次第、出稼ぎの旅路へと出発されることとなり、その門出をお祝い申し上げるために、このような場を設けさせていただいた次第でございます。それではまず、マックさんよりご挨拶を。 続いて、ルナちゃんにも一言お願い申し上げます」


 「みなさんこんにちは。今村長からご紹介に預かりましたマックです。僕は肉球占い師となって今年でちょうど十年、やっと占い師として出稼ぎの旅に出発できるほどの実力が付いたことを村長に認められました。この村に多額の村民税をお支払い出来るだろう来年の確定申告が楽しみです」マックは拡声器を村長から渡されるとワクワクしているのか尻尾をくねくねと動かしながらそう言った。


 「こんにちは、お集まりのみなさん、ルナです。パパ、お小遣い月十猫ポンドルじゃ安すぎるからさー、儲かったらあたいのお小遣いアップしてよね、おにぎり十個分じゃ少なすぎるよ」ルナがマックから回ってきた拡声器を通してそう言うと、マックとルナ以外の公園中の猫が声を殺してクスクスと笑い始めた。


 「マックさん、ルナちゃん。どうか無事に帰ってくるようにしてください。お金よりも大切なのは命ですよ。お金なんてなくても生きていれば何とかなるものですからね。それでは皆さん、お二方の門出を一緒に見送りましょう」村長はそう言うと拡声器を地面に置いてマックとルナそれぞれと両手で握手を交わし、公園に来ている猫たちと一緒に二匹を見送った。





 「ルナ、俺から離れるんじゃないぞ。結界を張った俺の周りにはゴーストは入ってこれない。分かったな」


 「うん、分かったよ、パパ。ゴーストは結界を張ったところの中には入ってこれないのね。ならさー、あたいの周りにも結界を張れないの?そうすれば問題無いじゃん」


 「鋭いな、ルナ。考えてみればそうだよな。ちょっと目を瞑ってくれ。そうだ。十秒ほど動かないでくれ。えいっ!」マックはルナの周りに結界を張った。


 「で、後どれくらい歩けば都会に出られるの?寝てないし、もう疲れたよ」


 「がんばれ、後一日だ」


 「なんていうところなの?」


 「アップルシティー」


 「アップルティーみたいな響きね、あたい好き」


 「でも猫や情報だけでなく数は少ないがゴーストも集まってくる街だ。気を付けないとならん。ちなみにアップルシティーはスキー場までは小一時間歩くことになるけど山の麓近くにあって、季節によってはスキー客であふれかえるんだ。」


 「パパ、詳しいのね」


 「村長がそう言ってたんだ」


 マックとルナは一睡もせず歩き、翌朝十時半頃、アップルシティーに到着。まずはホテルを探した。


 「パパ、アップルシティービジネスホテルだって。あそこに看板が出ているよ」


 「そうか、じゃあ、寝ずに歩いて疲れたから、今からチェックイン出来るツインの部屋があればそこで少し休ませてもらおう」


 そしてマックとルナは取れたホテルの部屋に設置されていた猫ちぐらで二時間ほど仮眠をとった。





 昼頃、マックとルナは昼食をホテルの近所のイタリアンレストランでとり、村長に聞いていた占いの館を探した。占いの館は正式には『占い館 キング オブ キャッツ アップルシティー店』という。それは、アップルシティーで一番大きいデパートの隣にあった。五階建てのビルだ。マックとルナは中に入るとたまたま手が空いていたロビンソンという名のサビ猫に事情を話し、マネージャーを呼んでもらった。五分ほど待つとマネージャーの三毛猫がマックとルナのところへやってきて言った。


 「新規の占い師の方ですよね?場所代として一時間当たり二十猫ポンドルいただきます。この契約書をよくお読みいただいた後でサインをしてください。何もなければ二週間毎に自動更新となっております。ちなみに黒猫の占い師は非常に売り上げが高いんですよね。だから、お客さんからは一時間当たり最低三百猫ポンドルは取れますよ、ええ。料金表はこちらの経験を元に明日までに作っておきます。で、今開いてる鑑定室は一階の一〇八号室なのでそこを使ってください、ハイ。そういえば、まだお名前をお聞きして無かったですね、お名前を頂いてもよろしいですか?」


 「僕はマック・ジョーンズ。この子は僕の娘でルナ・ジョーンズです、よろしく」


 「自分はリアム・ウイリアムズです、よろしく」


 「リアムさん、なにか分からないことがあったら教えてください、あと、ルナを占い師見習いとして鑑定時に同席させてほしいのですが」マックはリアムと握手をしながら言った。


 「かしこまりました、ハイ。ルナちゃん、早く独り立ちが出来る様になるといいね」背が猫の雄の平均より少し高めのリアムは少しかがんでルナとも握手をした。


 「さて、冬も近づき、日ごとに寒くなりますが、きっとそれに反比例して、マックさんの懐は温かくなりますよ。ちなみに自分の勘はよく当たります、ええ。あ、そうそう朝は九時半には裏口からビルに入ってそして鑑定室に入ってください。十時に占い館を空けますので。終了は夕方六時です、夕方六時半には占い館を閉めますのでよろしくお願いします。ではまた明日!」





 季節は冬。寒い中、マックとルナは街の様子を見るために散歩を兼ねてアップルシティーとその周辺を軽く見て回った。アップルシティーはこじんまりとしていて、面積的には小さいが非常に活気があり、アップルシティーの郊外ではレンガ造りの豪邸が多く、金持ちが多そうなことが分かった。そしてマックが時計を見ると時刻は午後六時過ぎになっていたので晩飯を昼と同じレストランで取ることにした。レストランには六時四十分頃到着した。


 「今回の旅では七都市を一年かけて訪れる予定なんだが、一発目としては非常にいい。何しろ今日もゴーストが出なかったのは幸いだった。予想していたよりもゴーストはこのアップルシティーやその周辺には少ない様だ」マックは注文する品をカルボナーラに決め、店員に告げた後ルナに向かってそう言った。


 「たまたまかもしれないけど、ゴーストって生まれてからまだ一度も遭ったことがないよ、どんな感じなの?」ルナは尻尾をくねくねさせながら尋ねた。


 「奴らは生前、悪事を犯したために虹の橋を渡ることができなかった猫たちが悪霊化したものなんだ。そしてお伽の国に住む猫なら特別な才能無しに、誰でも奴らを見られる。また、奴らは眠る必要がないので昼夜問わず出る事を押さえておく必要がある。ちなみにマスターキャットビレッジに張った結界の外にゴーストが出なかったって言うけれど、ルナが見てないときに他の猫がゴーストを目撃しているかもしれないぞ」


 「ふーん、そうなんだ、おもしろーい。で、何を食べようかしら。あ、これに決めた!」ルナはそう言うと、マルゲリータピザを注文した。


 二匹は食事を終えると、明日日曜日の初出勤に備えコンビニに寄って朝飯を買い求め、アップルシティービジネスホテルに戻り、眠りについた。




 



 「すまん、緊急事態だ、トイレを借りたいのだが。トイレがすんだら一時間分の料金を払ってすぐに出ていく。頼む、もう我慢の限界なんだ」初出勤の朝にマックとルナが鑑定室で客を待っていると、鑑定室の入り口のカーテンが開き雄のキジトラ猫が顔を見せそう言った。


 「只でいいですよ、旦那」マックが言った。


 「いや払わせてもらう。で、トイレはどこだ」


 「この通路の突き当りだよ」ルナが大きめの声で言った。


 「助かった」雄のキジトラ猫はそう呟きながら、トイレに駆け込んでいった。


 「なんで他の鑑定室の占い師に訊かずにこの鑑定室に訊きに来たのかなぁ」ルナは言った。


 「多分あのおじさんと我々はきっと何らかの縁があるんだよ」マックは意味ありげにそう言った。




 「三百猫ポンドルでいいかい?」トイレから出てきた雄のキジトラ猫はすっきりしたという顔で、リアムが作ってくれた料金表を見ながらマックに訊いた。


 「占いを受けてくれないとお金は受け取れません」マックはそう言った。


 「私はここらでは有名なキャットフードの会社を経営しているのだが忙しくて今すぐ取引先に行かなきゃならないんだ」


 「おたく、今日は日曜日ですよ、日曜日に取引先に行くのですか?」


 「え?今日は月曜日の筈だが・・・」


 「おじさん、大丈夫?」ルナは笑みを浮かべてそう言った。


 「最近忙しすぎて、つい間違えた様だ」そのキジトラ猫は言った。


 「そうですか。では、占いを受ける運命なんですよ、旦那。ところでお名前は?」


 「息抜きに占いするのもたまにはいいか。名前はスティーブ・スミスだ」


 「スティーブさん、利き手じゃない方の手を見せて」


 「おお、スティーブさん、あなたは社長さんだね?猫缶の会社はうまくいっている。あなたの妻であるチャトラ猫のローレンさんとの仲も良好だ。でも、白猫で弱冠十三歳の娘のリサさんとの関係がこじれている。それからあなた、まだ自覚症状は出てないと思うが重篤な病気だよ。膵臓癌だ、あと持って半年だな。医者にかかってももう手遅れ。虹の橋を渡る準備が必要だ。あなたは働きすぎたよ」マックは肉球を視ればなんでも分かってしまう。


 「あと半年!そ、そんなことあります?」スティーブは狼狽した。


 「スティーブさん。今生は諦めてください。虹の橋を渡れば、次の猫生が待っています。但し今生でのトラブルは次の猫生でも引きずりますから、うまくいってない娘のリサさんとの仲を正しておく必要があります」





 お伽の国では義務教育は小学生までだ。そして、中学校に進学したリサは小卒のルナと同じくらいの年齢だ。それもあってマックはルナの修行のためにこの件をルナに任せることにした。ルナはリサにアポをとり、一匹でスティーブ邸の玄関まで行った。


 スティーブ邸はアップルシティーの郊外にある。


 ルナはスティーブ邸のチャイムを鳴らした。


 「リサ、時間通りに来たよ。今お父さんとお母さんは?」


 「今、父は仕事でお母さんは買い物中」リサはちょっとぶっきらぼうに言った。今日は機嫌が少し悪いようだ。




 「癌で余命半年なんだし、もう仲直りしてあげない?」


 「だって父は、会社、会社って会社ばっかりなんだもん。例えば、あたしが小学生のころ、中学生になったらスキーに連れてくって言ってたのに忙しくなったからって未だにスキーに連れってってくれないし、さっさと死んじゃえばいいのよ」


 「そっか、じゃぁちょっと君の肉球を見せて。利き手じゃないほうね。あたいはあたいの父ほど過去・未来は見れないんだけど、うーん、そうかそうか、君の名を付けた猫缶を君のお父さんの会社が販売することが決まったって。知ってた?」


 「あたしの名前を?知らない今初めてきいたよ、他にもなにかわかるの?」リサはルナの話にすこしだけ興味を持った。


 「うーんとね。あたいはあたいの父と違って未来を占うのは難しいんだけど・・・君を呼んでね、発表会をスキー場でやるつもりらしいよ。その発表会のついでに君にスティーブさんがスキーを教えてくれるみたいよ」


 「そうなんだ、でも、その程度であたしの機嫌とれるって考えてるなら愚かだわ、発表会の前に死んでやる」


 「死ぬなんて物騒なこと言わないで、リサ」


 「死ぬなんて唐突かも知れないけど、あたしは本気よ、ルナ。猫に生まれてきて良いことなんか何一つ無いもの」


 「リサ、聞いて。君は幸せだよ、気づいて無いだけ。だって、お母さんとは仲がいいし、学校に行けば親友がいるじゃない」


 「あたしじゃないあんたがなんであたしのこと分かるのよ、ふざけないで」リサはイカ耳になり、尻尾を床に叩きつけるように振りながら言った。


 「リサ、あたいには君の気持ちを完全には理解できないけど、今とても悲しい気持ちよ」ルナは尻尾をだらりと下げながら言った。


 「ルナ、もういいから帰ってちょうだい」


 「あたいの使命を果たすまでは帰れないよ」


 「仲直りなんかしないってば」


 「本当にそれでいいの?絶対後で後悔することになるよ」


 「いいんだってば。それに後悔なんて絶対しないわ。だって父は本当の父じゃないの。あたしは捨て猫だったの。結婚して妊活しても子供が出来なくて、それであたしを拾って今まで育てたの」


 「え?初耳!」ルナは少し驚いた表情でそう言った。


 「ちょっとさっきみたいに現在と未来だけでなく過去も見てみたいから、さっきみたいに利き手じゃない方の肉球を見せて」ルナは半ば強引にリサの右手の肉球を視た。リサは左利きなのだ。


 「川にかけられた橋のたもとにスティーブさんがいるのがわかるわ、あ、段ボール箱に一匹だけでいた子猫の君を段ボールに入っていた空色の布で包んで抱き上げて、笑顔を見せてる。確かに君は捨て猫だったんだね。君、あたいと同じ十三歳だよね、かれこれ十三年位、育てて貰った恩を感じないといけないと思うよ。ところで何故ローレンさんとはちゃんとした関係を築けているの?」


 ルナに預けた左手を引き戻すと、リサは下を向いた。


 「分かったわ、ルナ。少し時間をちょうだい。猫缶の発表会まで仲直りするか考えるから。OKなら発表会に行くわ。で、何故お母さんと仲がいいかというと、彼女も捨て猫だったから気が合うのよ」


 「そっか。お母さんも捨て猫だったんだ。分かったよ。じゃぁ、発表会で会おうね、リサ。あたいは君を信じてるから」ルナはそう言うと、スティーブ邸を出た。





 スキー場の一角での新製品の発表会。キャットフーズ・イン・アップルシティという社名が特設ステージの一番上に掲げられている。以前マックがスティーブの肉球を占い館で見たときに、当日は二製品+サプライズで一製品の発表があり、サプライズの一品がリサという名前であるとマックは知っていた。そしてサプライズの一品は発表会終了直前の五分間で行なう予定だということも分かっていた。


 しかし、待てど暮らせどリサは会場にやってこない。予定は二時間だが後半分の一時間しかない。スティーブの肉球を占い館で見たときに、果たしてリサはどういうつもりなのだろうかと、マックは思っていた。リサの行動がいまいち読めなかったのだ。マックは自分の修行がまだまだ足りないのではと思った。そしてルナにこう言った。


 「ルナ、リサを探してくるからここで待っていてくれ」


 「あたいも分からなかったけど、リサが来るか来ないかまでパパも占いで分からなかったの?それにねぇパパ、リサに会ったことないのに大丈夫なの?分かるの?」


 「リサの行動迄は正直読めなかったんだ。あと、パパはスティーブさんの肉球を見たときにリサがどんな風貌かちゃんと頭に入れているから大丈夫だ」







 マックは発表会会場から出てすぐアップルシティーからスキー場までの道でリサを発見する。しかし様子がおかしい。よく見ると尻尾が八尾で体全体が透けて見えるゴーストがリサに憑いているようだ。


 「リサちゃん、どうしたんだい、発表会は既に九割がた終わっているよ」そうマックが言うと、リサは一生懸命にこういった。


 「あ、うう、う」どうやらリサはゴーストにとり憑かれたため金縛りになって動けないらしい。


 「よしわかった。今君に憑りついているゴーストを祓ってあげよう」


 マックはリサに憑りついたゴーストを祓うと、次にリサに結界を張ってあげた。


 「急ごう。君はサプライズで紹介されるリサという名のマタタビ香料入りの猫缶についてスピーチをしなければならないんだ」





 終了五分前に会場入りするリサ。無事発表会終了間際に間に合った。そしてリサはスタッフに促され発表会会場の壇上に上がり次のスピーチを行った。


 「あ、あたしの名前の付いた猫缶、皆さん買ってください。あたしはまだ食べたことがないけど、お父さんが開発に関わってて味はお墨付きできっとおいしいと思うんです。お父さんの会社史上最高の味だと思うんです。そしてあたしにはきっと味は分からなくてただひたすら涙でしょっぱい味がすると思います。お父さんここまで育ててくれてありがとう。ちなみにお父さんは実はステージ四のガンなのですが、そのためにあと数か月ほどしたら虹の橋を渡ることになってしまうんだろうけど、そうなったら、お母さんとあたしで会社を守ります」


 聴衆の拍手の中、ステージ上でスティーブとリサが抱き合う。それを見て安心したマックとルナは、ここアップルシティーでの仕事がひと段落したと考え、また旅に出る事にした。お金を稼ぐ目的以外にも、マックの妻でありルナの母である、占い好きで失踪中のシャーロットを探し出す目的もあるためだ。だがマックはアップルシティーでは妻であるシャーロットの気配を感じることは無かった。シャーロットの匂いさえしなかった。なお、ルナを産んですぐ産後うつになり失踪してしまったシャーロットの件は一切ルナには秘密にしている。ルナがそれを知ったら、シャーロットの失踪が自分のせいだと考えてはいけないと思ったからだ。もし旅の途中でシャーロットが見つかったら、その時ルナにどんな説明をするかを考えようとマックは考えていた。ちなみに次の目的地はレモンシティーである。レモンシティーではどんなことが待っているのだろうか。二匹の旅は続く。


                      


                                つづく

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