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「うわああああ?!え、なに。なん、何だよこれ?!何なんだよ?!!」
智樹が取り乱して叫んだ。自分がせっせと生贄を捧げた邪神の御姿が、そんなに予想外だったのだろうか。あまりの衝撃に体がついていかず、その場に腰を抜かして尻餅をつく。
「…っ」
玲央は異形の気配に顔をしかめ、とにかく相手を正面から捉えないように目線をそらす。一般的な基準よりかは、この世のものではないものへの耐性もあるつもりだった。が、今回のこれは文字通り格が違うと感覚で理解した。
「ひいい!!こんなの、こんなの違う…!こんなの、俺の『祟り』じゃない…!俺はこんな奴呼んでない!!」
智樹は己の正気を繋ぎ止めようと、大声を出し続けた。その内容はどこまでも身勝手で、殴りたくなる不快感を強く帯びている。
『祟り』。そう呼ばれた蛇の頭の無数の目が、一斉にぎょろりと動いて智樹の方を見た。
「あ、ああ、嫌だ、来るな、来」
『祟り』が水に浸かる腹を大きく動かし、湖の縁に強く打ち付ける。大きな水飛沫があがり、智樹を頭から濡らした。
智樹は腰を抜かしたまま動けず、被った水を何度も吐き出す。
「ぶっ?!げっ、おえ…!」
強く目を擦って視界を取り戻しきる前、足に激痛が走った。
「ぎっ…?!!いってえ!!何が…」
智樹が顔にかかる生臭い水を拭い、流されず手元に残っていた懐中電灯を手に取った。電灯で照らした足先の何かと目が合う。
「…ひ」
猫の首があった。切り落として水底に沈めたはずの首が、今、がっちりと足先に噛みついている。白く濁った両目が、真っ直ぐにこちらを見据えていた。
「い、ぎ、ぎゃああああああ?!!ああああ何で!なんで動い、殺したのに!俺、ちゃんと殺したのに!!どうし、痛い!いた、クソ、放せ!」
少年は完全にパニックを起こし、懐中電灯で猫の頭を殴り、引き剝がそうとした。しかし、電灯の角が届く前に、もう一度水が押し寄せてくる。『祟り』は不気味に蠢き、再度水を浴びせた。
「べぇっ…!」
智樹の下半身に、またしても酷い痛みが走る。猫の頭が、合わせて五つに増えていた。ふくらはぎを、膝を、両腿を、腐敗した猫の首が噛みついて離さない。
「ぎ、あがあああ!!痛い!!痛い痛い!!やめて!ごめんなさい!殺してごめんなさい!放し、はな痛い痛い痛い!痛いよお!」
もう心が折れたのか、智樹は泣きながらごめんなさいと繰り返す。中身の伴わない謝罪だった。知っている発音を真似ているに過ぎないので、廃棄寸前のカセットテープとほぼ同等だった。
また水が飛んでくる。その度に襲い掛かる猫の首は増えていき、無くなることはなかった。
「たずけ、じぬ、ごろじ」
智樹の悲鳴が聞こえなくなるまでは短かった。なにぶん、被害に遭った猫の数に対して、噛みつける肉が小さすぎたのだ。歯と喉笛を食い潰され、辺りにようやく静寂が戻った。
「…」
たった今、同級生のひとりが怪現象に食われて死んだ。玲央はその事実をなるべく意識の外に追いやる。あれはそもそも最初から助からなかった。
今はとにかく、どうやってここから逃げるかとういうことだけが重要だった。
玲央はじりじりと後ずさって、元来た道へ戻ろうと考える。さっきまでの坂道を走り、そのあとは、どうしよう。この怪異がみすみす逃がしてくれるとは思えない。どこまで追ってくるだろう。山の外に逃げられれば間に合うか?それとも、寺にでも着ければ住職を頼れるか?
思考が渦を巻くうちに、玲央の足元で踏まれた小枝が鳴った。
その音を合図に、玲央と怪異がほぼ同時に動き始めた。少年が走り出した瞬間、『祟り』が身を大きく乗り出す。
「よっと」
ところが、少年と怪異の間にひがんが割り込んできた。なんでもないように乱入してきた人物は、自分にしか見えないはずだが、玲央はとっさに緊急停止して振り返った。
「ひがん…?!何してんだ、お前も…!」
逃げろ、と言う部分を玲央は躊躇った。そういえば幽霊を逃がして何になるんだ。そもそも、この怪異はひがんのことが見えているのか。一番逃げる必要があるのは自分だが、ひがんはどうなる、いや、第一、ひがんはいったい何のつもりでここに。
玲央が逡巡している間にも、怪異はひがんの眼前に迫る。
「ひがん…!」
どうしたらいいかわからず、玲央が半透明の背中に向かって叫ぶ。しかし幽霊少女は怪異と真正面から対峙し、ひとつだけ言い放った。
「まがい物が」
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