1-2.未読メッセージがあります

「それでは、契約者のお名前とご住所をこちらにお願いします」

「はい」


結城 昇ゆうき のぼる 神奈川県川崎市麻生区……』


 型落ちの一番安いモデルで、新規契約することにした。安いから。

 それでも今月の家賃が支払えなくなってしまった。


 実家に頼るのは避けたかったが、今回ばかりは仕方がない。

 あとで電話しよう。


(今の時代、これが無かったらなんと不便なことか……)


 早速、必要なアプリを次々とダウンロードしていく。


(IDとパスワードか……)


 サークルメンバーで使っていたチャットアプリのアカウント情報は確か『重要ノート』に書き記していたはずだ。

 まずは部屋に戻らなくてはならない。

 このチャットアプリを開きさえすれば、あいつらと普通に連絡が取り合えるはずだ。




◇ ◇ ◇




 部屋に帰り、『重要ノート』に書き記してあったIDとパスワードでチャットアプリにログインする。


 一瞬『ルームが削除されてたりして……』と不安がよぎったが、それは杞憂だった。

 ルームを開くと、一番古い未読のメッセージが表示された。


──────────

芹沢:

 昇から伝言

 スマホ壊れたから、しばらくサークル休むって

 (既読 5)


一ノ瀬:

 ウケる

 てか、なんでスマホ壊れたらサークル休むのかイミフな健

 (既読 5)


一ノ瀬:

 件

 (既読 5)


真鍋:

 それなぁ

 (既読 5)


芹沢:

 スマホブレイクでハートもブレイク♪的な?

 (既読 5)

──────────


(……芹沢せりざわさん、俺、ちゃんと言ったよね? バイト掛け持ちすっからって……)


 そのあと数日間は、他愛もない会話が続いていた。


──────────

一ノ瀬:

 次のサークル飲みいつやる〜?

 (既読 5)


真鍋:

 今週末がいいなぁ

 昼からダラダラ飲みたい(笑)

 (既読 5)


芹沢:

 俺はパス

 いまピンチ

 (既読 5)


荒木:

 また負けたかwww

 ピンチじゃないことないよな

 (既読 5)

──────────


 芹沢さんは相変わらずギャンブルで負け続けていたらしい。

 テキトーに読み飛ばしていく。


──────────

一ノ瀬:

 ちょっと!

 去年あたしらが描いた絵、オークションに出てんだけど!?

 誰か知ってる?

 (既読 4)


荒木:

 俺もネット見て気づいた。

 とりあえずアトリエ集合。

 (既読 4)

──────────


(二週間前だ。俺の作品以外も出品されてたのか?)


 ──あれは、昨年の春だった。


 メンバーの中で一番お金にがめつい芹沢さんが、ネットのニュースに驚愕していた。


『ちょ! 白丸1つ描いただけで30億円だってよ!!』

『マジでー!? こんなん、あたしらだって描けんじゃーん』

『だったらさ……』


 『Diffusix 1』…… 荒木 蒼司(あらき そうじ)

 『Diffusix 2』…… 芹沢 直人(せりざわ なおと)

 『Diffusix 3』…… 一ノ瀬 椿(いちのせ つばき)

 『Diffusix 4』…… 真鍋 凛(まなべ りん)

 『Diffusix 5』…… 寺島 陸(てらしま りく)

 『Diffusix 6』…… 結城 昇(ゆうき のぼる)


 メンバー6人で1作品ずつ描き上げて『Diffusix』シリーズが誕生した。

 単色で背景を塗りつぶして、その上に数本の直線を入れただけのシンプルな絵だ。


 『Diffusix(ディフュジクス)』というのは、“多様性”とか“拡散”とか、なんかそれっぽい意味を込めた造語だ。

 メンバーの中で唯一真剣に筆を走らせていた寺島さんが言い出した。


 あの時は『この人もこういう冗談に乗るんだ』って、ちょっと意外に思ったのを覚えている。


 その『Diffusix』シリーズが、メンバーの知らないところでネットオークションに出品されていた。

 「あたしらが描いた絵」と言っていることから、俺の『Diffusix 6』以外も出品されていたことがうかがえる。

 他の作品も、数十億円で落札されたんだろうか。


 チャットアプリには、まだ未読のメッセージが残っているので、スクロールさせていく。


──────────

荒木:

 まさか、こんなことになるなんてな……

 (既読 3)


真鍋:

 今でも信じられないよ(涙)

 昨日だって一緒に笑ってたんだよ、あたしたち……

 (既読 3)


芹沢:

 通夜は明後日だよな。

 一緒に行こう。

 (既読 3)

──────────


(通夜?……誰の? 知り合いに不幸があったのか……)

 日付を確認すると、バイトが重なってて大学へも顔を出せなかった時期だった。


──────────

荒木:

 寺さん、チャット見てないのかな?

 既読付かないな。

 直電してみる。

 (既読 3)


荒木:

 ダメだ。繋がらないわ。

 俺らだけで行こう。

 向こうで会えるかもしれないし。

 結城はどうする?

 連絡取れるヤツ……いないか。

 (既読 3)


真鍋:

 椿ちゃん……結城くんとは高校からの仲だって言ってたよね(涙)

 結城くんに知らせてあげたいけど、連絡先わからないよぉ(涙)

 (既読 3)

──────────


 グループチャットは、ここで終わっていた。


(えっと……この会話の流れ……からすると、まさか、椿……通夜って、一ノ瀬が!?)


 慌てて一ノ瀬に通話を送ってみた。


『おかけになった電話番号は、現在使われておりません』


(……!? 嘘っ……だろ……?)


 今度は、荒木さんに通話を送ってみた。


『おかけになった電話は、電波の届かない場所にあるか、電源が入っていません』


(くそっ! 芹沢さん……出てくれよ)


『おかけになった電話は、電波の届かない場所にあるか……』


(なんでだよっ!!…………真鍋ちゃん!)


『おかけになった電話は、電波の届かない場所……』


(…………寺島さん)


『おかけになった電話番号は、現在使われておりません』


(……だよな)


 寺島さんは、随分前から音信不通になることが多かったから、いつかこうなるだろうと予感はしていた。

 絵に対する熱意が段違いだった感があるし。


 それにしても──


 綺麗に片付けられていたアトリエ。

 電話が繋がらないサークルメンバー。

 オークションに出品されたらしい、俺たちの落書き。

 たった一ヵ月、連絡が途切れていた間に、いったい何が起こったというのだろう。


(みんな……どこ行っちゃったんだよ)


 ピコン☆


 唐突に、メッセージの通知音が鳴った。


『あなたの口座にお振込みがありました。取引内容をご確認ください』


 銀行からの通知メールだった。


 銀行のオンライン接続は手続きが面倒くさい。


 時間はかかったが、どうにか設定を終えてログインに成功すると、

 画面中央に「普通預金(残高)」の文字。


 残高は4,182円だったはずだ。


 しかし、そこに表示された数字を見た瞬間、呼吸が止まった──


 ¥4,613,456,781-


(いち、じゅう、ひゃく、せん、まん、じゅうまん……よんじゅうろくおく!?)


 取引の詳細を参照すると、こう記されていた。


──────────

 取引区分 :入金(海外送金)

 入金元名義:GLOBEX PAYMENTS LTD

 金額   :¥4,613,452,599-

 摘要   :ARTLUXE Payout / REF#AX983211 / Witness recorded. One key remains.Deposit Code: 5/6

──────────


(俺の口座で、間違いないよな……?)


 口座名義人情報を何度も確認した。


 ・

 ・

 ・


 何が起こったのか、理解が追いつかない。


 俺の知らないところで回っていた危険な歯車に巻き込まれていくような、どす黒い不安だけが、胸の奥に広がっていった。

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