俺が描いた絵が62億円で落札された……だと!?

角山 亜衣(かどやま あい)

第1部

結城編①

1-1.トップニュース

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【匿名作家の現代アート作品、62億円で落札される!!】


─────


 俺は目を疑った。


 一年ほど前に俺、結城 昇ゆうき のぼるが描いた“落書き”が……

 青地に赤・黄・緑の直線を引いただけのシンプルな絵が、テレビに映し出されている。


(なんで“俺の絵”がテレビに出てんの……え? 62億で落札!?)


 オークションなんかに出品した覚えはない。

 もちろん、フリーマーケットにも出してないし、今も大学のアトリエ(部室)に保管されているはずだ。


(まさか、あいつらが勝手に!?)


 時計は朝の8時を少し回ったところ──

 今すぐアトリエに行って確かめたいが、バイトに行く時間だった。


(あー、くそっ! どうすりゃいいんだ!)


 長年愛用していたヒビだらけのスマートフォンは、一ヵ月ほど前、ついに光を失った。

 新しい機種に乗り換えようにも先立つモノが無く、バイトを三つも掛け持ちすることになったのだ。


 大学で所属していた絵画サークルの仲間には事情を説明して、しばらく休むと“口頭で”伝えてあった。


(あいつら、俺に断りもなく出品したのか!?……で、62億円って……誰のもんになるんだよ!?)


 大きく深呼吸して、気持ちを落ち着かせる。

 プランだ。プランを構築するんだ。

 

(まずバイトだ。サボるという選択肢は無い。絶対にダメだ。突発で休ませてもらうのも無理だ。連絡する手段が無いし、連絡できたとしても、こんな時間からじゃ申し訳ない。なので、とにかくまずはバイトだ。今日のシフトなら昼前には上がれるはず。……いや、今日は佐藤くんとペアだから微妙だな。発破かけて終わらせよう。その足で大学へ行って、確かめる。よし)


 ここまで、約3秒。

 状況を整理して、今何をすべきかを導き出す。

 ふふっ、俺の得意技だ。


 さて、そうと決まれば余計なことは考えずに、目の前のことに集中するのみだ。


(まずはバイト!……まずは、バイト。…………62億…………62億!? 俺の絵が62億!! 俺の懐にも何割か入るんだろうな!?)




◇ ◇ ◇




 オフィスビル清掃のバイト、その現場──


 案の定、ペアになった佐藤くんは、すぐにサボってスマホをいじりはじめる。


「シロさん、このニュース見ました!? こんなのが62億円だって。スゲーなぁ」


 佐藤くんは、俺のことを『シロさん』と呼ぶ。


 『結城 昇ゆうき のぼる』という俺のネームプレートを見た彼は開口一番「シロさんっすね。よろしくっす!」と、屈託のない笑顔で挨拶してきた。

 特に訂正もしなかったので、そのまま『シロさん』が定着していた。


 佐藤くんが差し出したスマホの画面をのぞき込むと、俺が描いた絵が映し出されていた。


「あ、あー……今朝、テレビでやってたやつだね」


「俺テレビは見てないっすけど、そっか。シロさん、スマホ持ってないんだ」


 “持ってないんだ”と言われると、なんか、とても惨めに思えてしまう。


「持ってないっつーか、持ってるけど、壊れてるだけだから」


「62億っすよー」


 あ、聞いてない。


「これ、海外のオークションっすね。手数料とか色々引かれてもー、40億円くらいは出品者に入るんじゃないかなぁ」


「佐藤くん、そういうの詳しいんだ? っていうか、手数料って3割も引かれちゃうもんなの?」


「オークション会場によるっすけど、20~30%くらい引かれるっすよ。前に親戚が出品した壺か何かが高額で落札されて大喜びしてたら、入金された金額見て『あれ~!?』ってなってたっすから……。それでもこれ、40億っすよー!? 40億あったら、来世まで遊んで暮らせんじゃねー?」


 なるほど。


(62億円を絵画サークルのメンバー6人で山分けしても一人10億円だー……などと皮算用していたけど、40億ってことなら……いくらだろ? いや、そもそも、あれは俺の絵だよ? 山分けする必要あるのか? 誰が出品したんだよー!!)


「シロさーん? 何ぼーっとしてんすか? 掃除、早く終わらせましょうよ」


(ファッ!?)

「あ、あーー、うん。ごめんごめん。そうだね。うん。早いとこ、終わらせよう……」


 ・

 ・

 ・


 何とか昼前に清掃のバイトを終わらせて大学へ向かう。


 特に目標もなく、学歴のために進学した、都内の三流大学だ。


 現代アートと呼ばれる絵画には少し興味があったし、同じ高校から進学した友人に誘われたこともあって、絵画サークルに入ってみた。


 そこで、数人のメンバーと知り合った。


 熱心に芸術に向き合う一人を除いて、それほど真面目に取り組んでいるとは思えない、いい加減なサークルだけど、俺にはそれくらいがちょうど良い。


 “あの作品”だって、去年『青いキャンバスに白い点が1つ』の絵が、30億円以上で落札されたというニュースを知って、「こんなの俺たちにも描けるだろ」と冗談で描いたものだった。


 サークルのメンバー6人で1作品ずつ描き上げて、SNSに投稿したあと、倉庫の奥へ仕舞い込んでいたはずだ。


(あのときの投稿が、今になってバズった……なんてこと、あるのかな?)


 スマートフォンが無いので、バズっているのかどうなのか、調べようがない。


(あいつらに直接聞くのが手っ取り早い)


 大学の門をくぐり、サークル棟の裏手にある倉庫のような部屋。

 俺たち絵画サークルが拠点にしているアトリエに到着した。


 この時間なら誰か一人くらいは居るはずだ。


 もしかしたら、みんな揃って大金を手に、バカ騒ぎしているかもしれない。

 そんな場面を期待して、扉を開けた。


 しかし──


 部屋の中には誰も居ない。

 そればかりか、何もない。


 山積みになっていた古いキャンバスも、

 落書きされた石膏像も、文化祭で作ったモアイ像も、

 自分用のイーゼルも置いてあったはずなのに。


 何もない。


 もちろん、“あの作品”もない。

 メンバーたちが描いた他の作品も全て消えていた。


(……なんで?……引っ越し?……泥棒?……この一ヵ月の間に何があったんだ?)


 大きく深呼吸して、気持ちを落ち着かせる。

 プランだ。プランを構築するんだ。


(部屋を間違えたわけではない。それだけは確かだ。油絵具の匂いは残っているし。アトリエにあった作品や荷物は何処へいった? 盗まれた? そんなワケはないだろう。部屋を引っ越した可能性はある。誰に聞けばいい……。事務局へ行ってみるか? いや、あの事務局のおっさんはアテにならない。メンバーに連絡を取るほうが確実だ。そのためには、そう。まずスマートフォンだ。先日給料が振り込まれたはずだから、機種変の頭金は何とかなるはずだ。まずはATMで現金を下ろしてから、最寄りのショップへゴー。よし)


 体感3秒で状況をまとめ上げた。

 さて、そうと決まれば余計なことは考えずに、目の前のことに集中するのみだ。


 ・

 ・

 ・


 この時の俺は──


 仲間たちと連絡さえ取り合えれば、全て解決するはず。

 みんなと一緒に大金を手にして、バカ笑いしながら豪遊できる。


 ──そんな未来を、まだ夢見ていたんだ。

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