第11話「井戸端ラジオ、オンエア!」

翌日の昼下がり。


コーダ村の井戸の周りには、いつも通りの光景が広がっていた。

洗濯をする女性、水を汲みに来た主婦、その周りを走り回る子供たち。村の社交場であり、情報交換の中心地だ。


俺たちは、その井戸から少し離れた木陰に、即席の放送ブースを設営していた。


「カミヤ様、ご指定の『拡声の魔道具』、持ってきました!」


リリィが息を切らしながら運んできたのは、先端が朝顔のように広がった、メガホンそっくりの魔道具だった。


なるほど、これを使えば俺の声も井戸の周り一帯に届くわけだ。


「サンキュ、リリィ。じゃあ、今日のゲストの皆さん、準備はいいですか?」


俺が声をかけると、そこに並んでいた三人のオーク兵がビクッと肩を震わせた。

今日のメインゲストであるゴルズ隊長は、腕を組んでそっぽを向いている。


「い、いや、しかし、広報官殿…。我々が人前で話すなど…」


「業務命令だ。ただし、話す内容は自由でいい。ここに簡単な進行台本を書いておいたから、これに沿って故郷の話でもしてくれればいい」


俺が手書きの台本(木の板)を渡すと、兵士たちは少しだけ安心したようにそれを受け取った。

やがて、井戸端に集まる人の数が増えてきたのを見計らい、俺はリリィに目配せをした。


「よし、始めよう」


リリィがこくりと頷く。俺は拡声の魔道具を手に取り、大きく息を吸った。


「えー、ごほん。井戸端会議中の奥様方、ちょっとだけお耳を拝借!これより、あなたの井戸端会議にほんの少しだけお邪魔する新番組、『コーダ村・井戸端ラジオ』の放送を開始しまーす!」


俺の軽快な声が、魔道具を通して井戸の周りに響き渡る。洗濯の手を止め、水を汲むのをやめ、女性たちが「なんだ?」という顔でこちらを見た。よし、まずは上々の滑り出しだ。


「記念すべき第一回目のゲストは、こちらの若い兵士さんです!お名前と、ご出身をどうぞ!」


俺がマイク(という名の魔道具)を向けると、若いオーク兵はガチガチに緊張した顔で口を開いた。


「お、俺は…ボルグだ。北の…岩山の出身だ…」


「岩山!いいところですね!ボルグさんの故郷では、どんなものが名物なんですか?」


「…硬い岩と、あとは…オフクロの作るキノコのスープが…」


「おふくろさんのスープ!いいですねえ!ちなみに、ボルグさんは今、妹さんがいるとか?」


「なっ、なぜそれを!?」


俺が事前にリリィから仕入れた情報を振ると、ボルグは素っ頓狂な声を上げた。

その朴訥な反応に、井戸端から小さな笑いが漏れる。いいぞ、空気が温まってきた。


ボルグのトークで場を温めた後、俺は真打ちを呼び込んだ。


「さあ、そして本日のメインゲスト!我らが駐屯部隊のリーダー、ゴルズ隊長です!」


ゴルズは不機嫌そうな顔で魔道具の前に座る。


「…くだらん」


「まあまあ、そう言わずに。隊長、先日こちらの壁新聞でも紹介しましたが、隊長の作るシチューは絶品だと。隠し味は、お母様の愛情だそうですが?」


「なっ…!?」


俺が壁新聞のネタを振ると、ゴルズの緑色の肌がみるみるうちに赤黒く染まっていく。


「そ、そんなものはない!ただ、最初に野菜を…香味野菜をだな、じっくりと炒めるだけだ!」


照れ隠しに怒鳴るゴルズの、あまりに人間臭い反応。

その瞬間、井戸端の女性たちの中から、こらえきれないといった風情の、はっきりとした笑い声が上がった。


放送が終わり、後片付けをしていると、村の女性の一人が、おずおずとリリィに近づいてきた。


「…あの、さっきのボルグさんって兵隊さん…。うちの息子と、同じくらいの年みたいでねぇ。故郷に妹さんがいるって、本当かい?」


「はい!とっても可愛い妹さんだそうですよ!」


リリィが笑顔で答えると、女性は「そうかい…」と呟き、どこか優しい目をして去っていった。


失われかけていた繋がりが、再び結ばれた瞬間だった。


俺は静かに微笑み、心の中で呟く。


(声だけのメディアは、聴き手の想像力を掻き立てる。エレナ、あんたのやり方、そっくりそのまま返させてもらうぜ)

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