第10話「広報官、反撃の企画書」
エレナの放送後、駐屯地の天幕は、まるで通夜のような重い空気に包まれていた。
「……ひどいです。あんなの、嘘ばっかりなのに…」
リリィは膝を抱えて俯き、ぽつりぽつりと呟いている。その肩は小さく震えていた。
壁に寄りかかったゴルズ隊長は、ギリッと奥歯を噛みしめると、
次の瞬間、壁の木箱を拳で殴りつけた。
ドンッ!という鈍い音と共に、木箱が砕け散る。
「くそっ…!俺たちは…ただ、あいつらと少しでも仲良くなりたかっただけだ…!それを…!」
絞り出すような、魂の叫びだった。
やり場のない怒りと無力感が、天幕の中に充満する。
その中で、俺だけが冷静だった。
いや、冷静でいるしかなかった。俺まで一緒になって落ち込んでいたら、このチームはここで終わりだ。
俺は木の板を即席のホワイトボード代わりに、炭で思考を整理していく。
「…敵の武器は二つ。一つは、王女エレナの涙という、人の『感情』に直接訴えかける強力なコンテンツ。もう一つは、魔導通信という圧倒的な『拡散性』だ」
俺の声に、リリィとゴルズ隊長が顔を上げる。
「壁新聞は、確かに村人の心を動かした。だが、それはあくまでコーダ村という一点での話だ。相手は、面で攻めてきている。こっちも同じ土俵で戦う必要がある」
「だが、どうやって…」
ゴルズ隊長のかすれた声に、俺は炭を置き、二人に向き直った。
「エレナの演説は完璧だ。完璧すぎる。だからこそ、付け入る隙がある」
「隙…ですか?」
「ああ。完璧に作り込まれた物語には、リアルな生活感がないんだよ。いいか、よく聞け。声には、声を。物語には、事実を。劇場で演じられる完璧な舞台には、汗と泥にまみれた楽屋裏をぶつけるんだ」
俺はニヤリと笑い、新たな企画を宣言した。
「新企画、『コーダ村・井戸端ラジオ』だ」
「いどばた…らじお?」
リリィが不思議そうに首を傾げる。
「ああ。この村で、女たちが一番長く集まり、情報を交換する場所はどこだ?」
「…井戸端、ですね。洗濯したり、野菜を洗ったり…」
「そうだ。井戸端は、この村で最強のメディアだ。どんな王女様の声より、隣の奥さんの『聞いた?』の方が、人には響くんだよ」
俺の計画はこうだ。
村の主婦たちが集まる井戸端会議の時間に合わせ、俺自身がDJとなり、兵士たちの"生の声"を届ける。故郷の話、好きな食べ物、最近の悩み…。
そんな、どこにでもいる普通の男たちの声を、インタビュー形式で流すんだ。
「…そんなことで、王女様の演説に対抗できるとでもいうのか」
「できるさ。エレナは『魔族』という大きな主語で語る。俺たちは、ゴルズ隊長という『個人』を語る。どっちが人の心に届くか、試してみようじゃないか」
俺の奇抜なアイデアに、リリィとゴルズ隊長は呆気に取られていた。
だが、その目には次第に光が戻り始めていた。
絶望の淵から、希望を見出した光が。
やがて、ゴルズ隊長がニヤリと口の端を上げた。
「…面白い。やってやろうじゃないか、その『らじお』とやらを」
「ええ!」リリィも力強く頷く。
俺は砕けた木箱の破片を拾い上げ、不敵に笑った。
「さあ、反撃の時間だ。俺たちの”生放送”を始めようぜ」
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