第7話「『となりのオークさん』創刊!」

翌朝。


執務室の扉を開けると、リリィが机に突っ伏して寝息を立てていた。

彼女の前には、インクの匂いが新しい羊皮紙の束。どうやら、徹夜で仕上げてくれたらしい。


「おい、起きろ。朝だぞ」


「んみゅ…あと五分…はっ!カミヤ様!?」


飛び起きたリリィから原稿を受け取り、俺は目を通す。


ゴルズ隊長のインタビュー記事と、その横に添えられた似顔絵。


うん、記事の内容はいい。

だが、それ以上に素晴らしいのがこの似顔絵だ。


リリィが描いたゴルズ隊長は、二頭身にデフォルメされ、つぶらな瞳でシチューの鍋をかき混ぜている。


元のいかつい姿の原型を留めていないが、妙な愛嬌があった。


「よし、上出来だ。だが、レイアウトが素人臭いな」


「れ、れいあうと…?」


「見出しはもっと大きく、読者の視線は左上から右下へ流れる『Z型』を意識する。重要な情報は最初に持ってきて、読者の心を掴むんだ」


前世で培った編集スキルでレイアウトを修正し、俺たちは世界に一つだけの壁新聞を完成させた。



夜明け前の薄闇に紛れ、俺とリリィはコーダ村の広場に忍び込んでいた。


目的は、村の情報が集まる掲示板だ。


そこには既に、エレナ王女の美しいポスターが貼られている。

陽光を浴びて輝く彼女の金髪は、まるで後光が差しているかのようだ。


「よし、リリィ。その真横に貼れ」


「えっ!?こ、こんな綺麗なポスターの横に、わたしたちの新聞を…?」


「だからいいんだ。並べることで、違いが際立つ」


リリィがおずおずと、エレナのポスターの横に『となりのオークさん』創刊号を貼り付けた。美しく気高い王女と、手作り感満載で可愛らしいオーク。


その対比は、我ながら悪趣味なほど効果的だった。


俺たちは物陰に隠れ、村人たちの反応を待つ。


やがて、広場に人が集まり始めた。誰もがまず、エレナのポスターに目を奪われ、感嘆の声を漏らす。


だが、その隣にある異質な存在に気づくと、一様に怪訝な顔をした。


「なんだ、ありゃ?」


「汚い紙だな」


雲行きが怪しくなってきた。リリィが不安そうに俺の袖を掴む。


状況が動いたのは、一人の子供が掲示板に駆け寄ったのがきっかけだった。


「あ!オークさん、まるい!」


子供がリリリィの描いたゴルズ隊長の似顔絵を指さし、ケラケラと笑う。

その声につられるように、他の子供たちも集まってきた。


「ほんとだ!おだんごみたい!」


子供たちの無邪気な声に、大人たちも壁新聞に目を向け始める。

文字の読める一人が、おそるおそる見出しを読み上げた。


「『隊長のシチューは、母の味』…?」


その一言が、広場の空気の色を変えた。

ざわめきが、囁きに変わる。


「あの強面の隊長が…料理なんてするのか?」


「おふくろの味、ねぇ…。なんだか、俺たちと変わらないじゃないか」


「そういや、この前の『おすそ分け会』の料理、確かに美味かったな…」


強面の職人風の男が、腕を組んで「…ふん、悪くねえじゃねえか」とぶっきらぼうに呟くのが聞こえた。


物陰からその様子を窺いながら、俺はリリィに語りかける。


「エレナのポスターは、人々が自分とは違う存在になることを夢見させる『憧れ』を売っている。だが、俺たちは違う」


俺は、村人たちの表情が「恐怖」から「興味」へ、そして「共感」へと変わっていくのを、確かな手応えと共に見ていた。


「俺たちは『共感』を売るんだ。あの人たちも、俺たちと同じなんだと知らせる。これが、俺たちの戦い方だ」


小さな、しかし確かな一歩。

魔王軍広報課の、記念すべき最初の勝利だった。

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