第11話 新しい未来
春の横浜は、また違う表情を見せていた。
桜木町からみなとみらいへと続く道に、薄桃色の花びらが風に乗って舞う。
制服ではなく、真新しいジャケットに袖を通し、タクトはゆっくりと歩いていた。
大学生活が始まったばかり。胸の奥には期待と不安が入り混じっている。
入学式の帰り、キャンパスの大きな掲示板を前に立ち尽くしていると、スマホが震えた。
《お疲れさま。大学生になった感想は?》
表示された名前に、タクトは思わず笑みをこぼした。
《まだ実感がないです。でも、ようやく“生徒”じゃなくなれた気がします》
送信すると、すぐに返事が返ってきた。
《じゃあ、改めて“先生じゃない私”とも会ってくれる?》
短い一文に、胸の鼓動が高鳴った。
週末、二人は横浜駅で待ち合わせた。
きょうこはシンプルなワンピースに薄いコートを羽織り、どこか柔らかい雰囲気を纏っていた。
「今日は授業じゃないから、ただのお散歩ね」
そう言って笑う顔は、これまでよりも少し照れているように見えた。
二人は港の見える丘公園へ向かい、春風に揺れる花壇を横目に歩いた。
以前は“勉強の一環”として訪れた景色が、今日は全く違って見える。
“先生と生徒”ではなく、“大人と大人”。
その意識が、空気を静かに変えていた。
「大学では、どんなことを学びたい?」
「教育学を中心に。……いずれは家庭教師を自分で営むつもりです」
「本気なんだね」
「はい。先生みたいに、誰かの背中を押せる人になりたいんです」
きょうこは少し目を細め、海を見下ろした。
「……私が君の“きっかけ”になれているのなら、それ以上の幸せはないな」
その言葉に、タクトの胸が熱くなる。
ベンチに腰を下ろし、二人は観覧車を遠くに眺めた。
「約束、覚えてますか?」
「もちろん。合格したら一緒に観覧車に乗る、って」
タクトの問いに、きょうこは頷き、微笑んだ。
「じゃあ、今日はその約束を果たそうか」
観覧車のゴンドラに乗り込むと、ゆっくりと夜空へ向かって上昇していく。
窓の外に広がる横浜の夜景。港の光が星のように瞬き、街全体が宝石のように見えた。
「きれい……」
きょうこが小さく呟く。その横顔を見て、タクトは静かに言葉を紡いだ。
「僕、これからも努力します。大学で学んで、経験を積んで、必ず一人前の先生になります。そのときは……先生じゃなくて、一人の女性として、きょうこさんにもう一度想いを伝えたい」
ゴンドラの中、しばし沈黙が流れる。
やがて、きょうこは目を閉じ、小さく頷いた。
「……その日を、楽しみにしてる」
観覧車が頂点に差しかかる。
下に広がる横浜の街は、どこまでも輝いていた。
“新しい未来”は、すでに始まっている。
タクトはその景色を胸に焼き付けながら、強く心に誓った。
——次は、自分が誰かの未来を照らす番だ。
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