第15話 付与魔法師、魔渦域に突っ込む

魔渦域まかいいき!?」


 ユノが驚きの声を上げる。

 ライラとセラフィナの二人の間にも、緊張した空気が流れた。


「うん……間違いない。迷宮に入ってから、念のためにずっと魔力を探知していたけど……35階層を降りてすぐに、マナミストの偏りがある」


 迷宮にはマナミストがある。このマナミストのおかげで迷宮内は地下深く潜っても昼のように明るいし、魔物や宝が一定期間で再生する……というのは、前に説明した通りだ。


 問題はこのマナミスト、いつも均等に迷宮内を漂っているわけではない。

 時たま、偏在することがある。

 マナミストの偏在が出てしまったら、『魔力の渦』と呼ばれる濃密な魔力溜まりが形成され、その周囲にだけ局地的に魔物の数が異常に増える。


 これが僕が今言った、魔渦域だ。

 魔渦域は一種の災害と見なされ、迷宮に潜る冒険者は常に警戒する。


「魔渦域……ですか。運が悪いですね。前回、来た時はなかったというのに……」


 セラフィナも不安そうな顔をする。


「フィオル、それは確かなのか?」


 ライラが希望をこめて、僕に質問する。


「うん……僕ってほら、臆病でさ。『ブラックファング』にいる頃も、常に周囲の気配を探っておかなきゃ、いつ死んでもおかしくなかったんだ。そのおかげなのか、魔力探知が得意なんだ」

「フィオルがそこまで言うってことは、確信があるんだろうね」


 ユノがそう言いながら、「うん、うん」と何度か頷く。


「もしかして……迷宮の魔物が活性化している、っていうのも迷宮内に魔渦域が発生していたからなのかな?」

「分からない。でも、そう考えるのが自然だろうね」


 と僕はユノにそう答える。


「どうする? 魔渦域なんてものがあったら、なかなか先に進めねえだろ? ここで消耗したくないし、今日のところは引き上げるか?」


 いつもは好戦的なライラも、これにはさすがに『撤退』に二文字がチラついたようだ。


 確かに、魔渦域というは謂わば不運だ。マナミストの偏在は時間が経てば直に均等になり、魔渦域も消滅する。

 ただの探索ならまだしも、僕たちはこれから40階層の《階層ボス》に挑まなければならない。

 ここで消耗している場合じゃないのだ。


 しかし。


「……だけど、それだったら魔渦域はしばらくこのままなんだよね?」


 僕も感じていた不安を、ユノが吐露する。


「他の冒険者が気付かず、魔渦域に突入したら危険だし、なにより……」

「ええ。このままマナミストの偏在が解消されず、魔物の数が増え続けた場合──迷宮内の魔物が、外に漏れ出てしまう場合があります。そうなったら、街は地獄絵図と化すでしょう」


 セラフィナも言う。


 彼女の言う通りだ。

 滅多にないことだが……魔物が一定上増えてしまった場合、迷宮内に留まれなくなったものが外に出る。

 そうなったら、街は悲惨な状況になる。街には戦えない者も多く暮らしているからだ。大騒動スタンピードと呼ばれる状況になり、多数の被害者を生んでしまうだろう。


 その可能性をゼロにするためには、魔渦域をここで潰すしかない。


「みんな、聞いてくれるかな?」


 僕は三人の顔を眺めがなら、こう続ける。


「まだこの街に来て日が浅いけど……僕はエルディナが気に入った。エルディナで大騒動を起こしたくない。だからここで、魔渦域を潰そうと思うんだけど……どうかな?」

「うん、わたしもフィオルと同じ考えだよ」

「敵を前に逃げるのは、冒険者の風上にも置けねえからなあ」

「私たちは冒険者。街を守るために尽力するのは、冒険者としての義務です」


 三人は力強い表情で、そう答える。


 よかった……。

 勇気を出して進言してみたけど、どうやら三人とも僕と同じ気持ちを抱いていたみたい。


 魔渦域を潰す方法は簡単だ。そこにいる魔物を全滅させればいい。

 そうすれば、自然とマナミストも他に散らばっていく。マナミストの偏りもなくなり、迷宮は平常時に戻るのだ。


「とはいえ、ここから先は35階層。魔物の強さもそうだし、なにより数が半端ない。みんなの連携が大事になってくると思う」

「わたしはライラちゃんと一緒に、魔物を薙ぎ払っていくよ。ライラちゃん、いいよね?」

「おう! ユノ、どっちが多く魔物を倒せるか勝負だ!」

「私は……いつも通り、みんなのサポートですね。どんな怪我でも私が癒してみせます」


 意思が統一されていく『暁の翼』。


 ……みんなの力もそうだけど、鍵は僕になるだろう。


 魔物の数が多いってことは、それだけ連携が崩れる危険性を秘めているということだ。

 死角から攻撃されれば、一気に陣形が崩れる。


 だけどここで、司令官役として戦いを俯瞰的に眺める僕が、適切に指示を出すことが出来れば──。

 魔渦域を潰せる。


「よし……みんな、行こう! 魔渦域を潰すんだ!」


 そう発破をかけると三人とも頷いて、35階層へと足を進めた。


 35階層に降りると──予想通り、フロアを埋め尽くさんばかりの魔物で溢れかえっていた。

 心なしか、空気も澱んでいる気がする。

 一瞬怯みそうになるが気を整え、僕たちは戦いを開始する。


「ユノ! 前方の敵を薙ぎ払って! そのための力なら、僕があげるから……【強化】!」

「うん!」


 ユノが地面を蹴り、魔物の集団に突入していく。


「ライラ! 右から来てるよ! 防御して……【強化】!」

「おうよ!」


 ライラの死角から放った魔物の攻撃を、彼女は難なく大剣で受け止める。


「セラフィナ! ユノを回復してくれるかな? 魔力が少なくなって、攻撃の威力が低くなってる。君の魔力は──僕が回復する! 【魔力強化】!」

「ありがとうございます!」


 セラフィナがユノに治癒魔法をかける。


 彼女たちは鬼神のごとき戦いで、魔物の数を減らしていった。


 いける……っ!

 気持ちが上向きになる。


 魔渦域が発生していると知って、最初はどうなることかと思ったけど……彼女たちは強い。現に傷らしい傷さえ負っていない。


 やがて、あれだけいた魔物が残り数体となる。

 戦いの終わりが見え、彼女たちの表情にも余裕が出始めた。


 しかし、余裕は油断となり、僕たちに牙を剥く。


「……っ! ユノ!」


 咄嗟に名前を叫ぶ。

 ユノの死角から魔物のアイアンゴーレムが腕を振り上げ、彼女に攻撃を放とうとしていたのだ。


 ユノはすぐさまアイアンゴーレムに気が付くが、時すでに遅し。いくら付与魔法で強化されているからといって、今からじゃ避けられない。

 ライラもすぐに助けに入ろうとするが、彼女のいる位置からじゃ間に合わない。セラフィナが小さく悲鳴を上げた。


 くっ……! 間に合え!

 僕は咄嗟に駆け出し、ユノを抱いて地面に転がった。

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