惨劇の妖魔
夜の海を白き爆炎が照らし出し、その衝撃は暴風となって吹き荒れ海上闘技場を揺らす。
リリルも全身を焼かれる苦痛と火傷とを負いながらよろけるも膝を折ることなく佇み、猛毒に侵されたヒレイが限界を迎え海に落ちてカードへ戻るのを捉えつつ膝をつくエルクリッドが満身創痍であるのを確認し、カードへ戻ったマリアをカード入れへ戻した。
(クロスの弟子というだけはある。シェダもそうだ、決して折れぬ心と、それに応えるアセスとの繋がり……良い、な)
格上相手にも怯まず挑み最後まで食らいつく様はリリルの胸を高鳴らせ、身体の痛み以上の喜びを心を満たす。
溢れ出る笑みを浮かべるリリルに目に光を戻すエルクリッドが顔を上げながら立ち上がり、だが力を使い果たしかける程に消耗してる為かよろめいてしまう。
(まだ、終わってない……倒しきれて、ない……!)
オーバーブレイクの効果でリリルのカード化しているアセスもブレイク状態へと追いやったと思いたいが、エルクリッドは彼女の笑みからまだアセスが残っていること、そしてそのアセスがカード効果によってブレイクされない存在、真化したアセスだと悟る。
だが見方を変えればあと一歩まで追い詰めたとも言え、腕で汗を拭って深呼吸をしエルクリッドはリリルの方に目を向け未だ折れぬその様子に、パチパチとリリルから小さく拍手が贈られた。
「良いぞエルクリッド、それでこそ妾が戦うに相応しいリスナー……だが倒すには最後のアセスを倒さねばならぬ、最も美しく惨劇をもたらすアセスを、な」
称賛しつつカードをリリルが引き抜き、その状態でも伝わる重圧に弱ったエルクリッドの身体が刺し貫かれる感覚に包まれる。しかし、最後のアセスという言葉にエルクリッドはさらなる先を見据えるように前を見てカードを引き抜き、迎え撃つ構えを見せリリルも妖しく嘲笑う。
「それで良い、それでこそ美しい……追い詰められて尚、妾の心を高鳴らせるリスナーはお主で三人目……」
「それはどーも、です。でもまだまだ……あたしが倒したい奴には、まだのに遠い……!」
ふっと笑いつつすぐにエルクリッドは魔力を滾らせ凛とし風を呼ぶ。越えたい相手がいる、
彼の力の片鱗を前に完膚なきまでに叩きのめされたからこそ、今、自分の苦境は彼も経験し乗り越えたものとわかる。何度も何度も乗り越えたからこその高み、強さ、届く頂があると。
「あたしはまだ終わらない、終わらせません! お願いします、スパーダさん!」
魔力を込めたカードから黄金の風を伴い姿を現す
「エルク、ヒーリングを」
「そーだね。スペル発動、ヒーリング……」
スパーダに促されエルクリッドはヒーリングのカードを使い、ほんの少しだが傷を癒やし魔力を回復する。とはいえ、疲労により彼女の判断力が落ちてるのをスパーダは感じつつ、リリルが待っている姿勢から気を緩めてはいけない事を察し剣を握る手に力を込めた。
そしてエルクリッドが両頬をぱんっと叩いて前を見つめ直したのに合わせ、リリルは最後のアセスを呼び出す。
「
赤い帳が静かにリリルの前に舞い降りるように彼女は姿を現す。赤い翼を生やし傷のような紅の服で恥部を隠し妖艶なる肢体を見せつけ、銀の髪と黒目に赤の瞳持つ妖魔ミヤトは静かに立ち上がり、その名前と姿にはエルクリッドも目を大きくしつつ丁寧にミヤトが頭を下げ挨拶をする。
「ミヤトさんって、あのミヤトさん!?」
「普段はリリル様の為に務めている為、妖魔としての力は封じ込めています。ですが、此度の星彩の儀においてはリリル様に代わり妖魔たる力を振るい、高みを目指す者達の試練を務めさせていただきます」
リリルお抱えの使用人の長がアセスという事にはエルクリッドはもちろんミヤトを知るノヴァ達も驚きを隠せないが、同時に普段通りの言葉遣いをしながらもその身に秘めたる力を抑え切れず風となり溢れ出ているのは、シェダやリオも戦慄せずにはいられない。
「エルクリッド、勝てるのかよあんな相手によ……」
「騎士としてリリル様の情報は聞き及んでいますが、ミヤトが妖魔であるのはともかくアセスという事までは把握してはいません。それだけ戦う事を避けてきたのか、あるいは……」
妖魔とは人が魔に落ちた姿の一つとされるが、具体的な詳細はわからない。リリルの話は有名なものであるが、ミヤトが同じとは限らない。
使用人として普段は眼帯をつけ丁寧に役目をこなす彼女が今は妖魔として、妖しく美しく、秘めたる暴威を対峙するスパーダも感じ静かに剣を構えつつ一歩引く。
刹那、スパーダの視界が塞がったかと思うとミヤトが一瞬で距離を詰めてそのまま頭を兜ごと掴み、勢いよく叩きつけると闘技場へと埋め込む。
速すぎる攻撃にエルクリッドも反応できず、カードを抜く時にはミヤトが翼を広げスパーダを掴んだまま低空飛行し闘技場をぐるりと回るように引きずり回し空高く放り投げる。
スパーダは
(速すぎてカードを使うのが……! でもやるしかないよね!)
相手の動きに合わせてリスナーはカードを使う。故に捕捉できない程に動かれては的確な瞬間にカードを切れなくなるというもの。
そこで戸惑いや焦りから判断力を失い流れを掴めずに敗北する、エルクリッドもそれをわかって息を吐きながら意を決しスパーダが立ち上がるのに合わせカードを使う。
「スペル発動エアーブラインド! これで少しは……」
黄色の風がスパーダを覆い隠すように広がり始め撹乱も兼ねるが、ミヤトは迷わずに風の中へと突っ込みスパーダの剣を持つ手を掴みそのまま海へと投げ飛ばす。
一切の迷いもなければ躊躇いのない動きは容赦がなく、左手を掲げるミヤトの頭上に赤い氷の塊が現れ投げるような動きと共にスパーダへと直撃する。
(相変わらず真面目に戦うのう……それ故に、加減知らずではあるのだがな)
リリルが感心している間にミヤトは氷の塊で海へと落とし込まれたスパーダの場所へと飛び、左手を海にかざし掌からいくつもの氷の楔を五月雨の如く放つ。
沈着冷静に、そして残酷に、手加減を一切しないミヤトが攻撃の手を緩める事はなく、海へと落とされたスパーダも氷塊からは脱したが続いて貫くように降ってくる氷の楔に鎧を打ち砕かれていく。
(このまま押し切られていては、負けてしまいます、ね)
(スパーダさん、無理せずに……)
(いえ、このまま続けます。エルクの為に、私も負けられないのですから……!)
水中でスパーダが両手で大剣を振るうとその勢いが波を起こし、衝撃となり、ミヤトが放ち続ける楔を振り払うどころか海を突き破り斬撃となって彼女の身体を深く切り裂く。
その一撃を受けミヤトはすぐにリリルの元へと戻り、リリルが同じように身体を裂かれる姿を見て歯を食い縛る。
「申し訳ありませんリリル様」
「謝る必要もなければ怒る必要もない、そういう相手だ、油断するな」
「かしこまりました」
リリルの言葉を受け冷静さをミヤトが取り戻し、その間にスパーダが闘技場へと上がり鎧に空いた穴から海水を溢れさせ半壊状態を晒す。
次の瞬間にミヤトが再び一瞬でスパーダの背後へ回り込んだ、その時であった。
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