夜明け前の誓い
星空煌めく下でリリルとしばし話をしていく内にエルクリッドは自然と眠りにつきリリルに抱かれる。
あまりにも無防備で無垢で寝息を立てて眠る姿に思わずリリルが口を開けて歯を喉元へ突き立てるも、噛む直前で止めて我が子を抱き締め撫でるように微笑む。
(運命にさえ翻弄されなければもっと別の……いや、妾に言えたものではないな)
遠い彼方の己を思い返しつつもリリルは優しくエルクリッドを撫で続け、しかし動けなくなったと思いつつも静かに時を過ごす。
夜のそよ風吹く中で星の輝きが弱まる頃に天幕から出てくるタラゼドが眠るエルクリッドとそれを抱いて目を閉じていたリリルに気づき、リリルもまた気配を察し目を開けると静かにエルクリッドを彼に預けそっと立ち上がる。
「ありがとうございますリリル様」
「妾も戯れついでだ、構わぬ。それにしても、ずいぶん愛らしい顔で寝ておるな……」
えぇ、とタラゼドも微笑みながらエルクリッドをそっと抱え持ち、リリルと共に安らかな寝顔に心癒されていく。明るく眩い灯火のような存在、希望の意味を持つその名前を持つ。
朝になればエルクリッドは再び前に進む為に強さを求め戦う。その次の相手が自分と悟るリリルはそっと寝顔に触れて頬を撫で、名残惜しそうに指を離しそのまま自らの唇に触れてふわりと身体を浮かせた。
「挑むのならば万全を期すようにと伝えておいてもらおう。妾も、十二星召として、リスナーとして華麗に受けて立つと」
「わかっています、ちゃんとお伝えしておきますよ。そしてその為にわたくしも支える事をお約束致します」
「頼んだぞ、稀代の魔法使いタラゼドよ……」
青い翼を生やし己を隠すように閉じたリリルの身体が無数の青いコウモリとなって夜空へ飛び去り、それを見送ったタラゼドはエルクリッドを天幕へと寝かせようとすると、ちょうど彼女がうっすら目を開け起き始める。
「あれ……? タラゼドさん? えと、あの、その……」
「おはようございます。ですがまだ朝とは至りませんから、まだ寝てていいですよ」
自分の状況を飲み込みエルクリッドはどうすればいいか視線をそらし髪を触り、ゴーグルを目につけながらしどろもどろといった様子となってしまい、タラゼドも苦笑しつつ彼女を一度下ろして眠る事を促す。
(あたしやらかしちゃった系、だよね……うぅ……タラゼドさんにまた頼っちゃった……)
初めて出会ってからずっとタラゼドには支えられ続け、それは休息期間の時も同じように彼は優しく微笑みながら世話を焼いてくれた。
感謝しかないのと申し訳なさを常に思い、なるべく世話になりまいと心掛けていたがまたそうなってしまった事はエルクリッドにとっては大きなもの。
そしてそんな自分へお気になさらず、とタラゼドが微笑みながら優しく声をかける事に、心が落ち着き素直に従ってしまう。自分が、甘えたくなるとエルクリッドは感じてしまう。
その気持ちがどんなものかはわからないが、嫌なものではない事と、それ故に何なのかがわからず悩み俯きそうになる。
「あぁ、リリル様より伝言を預かっています。万全を期して挑みに来る様に、とのことです、なので少しでも長く休んでくださいね」
「それは、わかりました……でも、タラゼドさんも休まないと……」
「えぇ、食材の確認だけしたら少し寝ますよ」
微笑みながら背を向けるタラゼドの服をエルクリッドがぎゅっと掴んで引き、彼を振り向かせるとやや上目遣いで駄目と一言告げ目を合わす。
「タラゼドさんも寝なきゃ駄目、あたし達の事いつもいつも見守ってがんばってくれてるのに……なんか不公平だもん」
可憐で、妖艶にも見える少女の訴えにタラゼドは即答できずそうですねとしか返せなかった。思わず手を伸ばしかけるのを止めてわかりましたと答え、ニコッと星明りに照らされるエルクリッドの笑顔がより映えた。
「ちゃんと寝ないとですからね。それじゃあおやすみなさい」
「はい、おやすみなさい」
言葉を交わしてそれぞれの天幕へ戻り、と、エルクリッドが思い出したようにタラゼドの方に向き直って呼びかけ振り向かせると、刹那の暗闇から明るくなり始める空の下で笑顔で告げる。
「いつもありがとうございます」
「……どういたしまして」
天幕の中へとエルクリッドが戻っていくのを見届けながら、タラゼドはしばらく動けずにいた。
幾度もやり取りをする中で、何気ないいつものやり取りをする中で言われ続けた言葉なのに、今この時のそれはタラゼドの心に強く深く染み込んだから。
(いけない人ですねエルクリッドさん。あなたは、どうしてわたくしをこうも……)
静かにタラゼドは曙光が広がり始める空を見上げ一人願う。見守るべき存在に幸多からんと、そしてその為に尽くせる事を果たしていく事を。
目覚めと共に星彩の儀はまた始まる。夜はその合間の安らぎの時間、少しでも多くの者がそうであって欲しいと思いつつ。
NEXT……
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