第5話 メイドさんが手厚く看病してくれる
//SE(ノック音、半オクターブほど低い)
(くぐもった声で)
「ご主人様。もうお仕事の時間になってしまいますよ。本日はお休みでございますか?」
(暫く待っても返事がなく……)
「……ご主人様? 何かあったのでしょうか? 失礼いたします……」
(苦しそうにしている聞き手を見て、驚きと共に)
「ご、ご主人様!?」
//SE(慌てて駆け寄る)
「ご主人様? お気を確かに。額の方、失礼いたします」
(聞き手の額に手を添えて)
「……とても熱い。感覚ですが、三十八度は優に超えていますね。水分に熱冷まし用のシート、解熱剤にお飲み物、タオルをお持ちいたします。少々お待ちください」
//SE(駆け足で去っていく音)
//SE(扉の開閉音)
//SE(時々聴こえてくる作業音や足音)
//SE(扉の開閉音)
//SE(駆け寄る音)
(駆け寄りながら)
「お待たせいたしました、ご主人様」
//SE(持ってきたものを床に置く)
「まずは、額に熱冷ましのシートを貼らせていただきます。前髪、少し失礼いたしますね」
//SE(熱冷ましのシートからシールをはがす音)
(額に手を添えて)
「最初は冷たいですが、すぐに楽になると思いますので辛抱してくださいね。……はい、これで大丈夫です。少しだけ、表情が和らぎましたね。ですが、まだお辛いはず。次は、解熱剤をお飲みください」
//SE(錠剤をパッケージからパリッと出す音)
//SE(水のペットボトルからグラスに水を注ぐ音)
「ご主人様、少し体を起こしますね。寝たままでは気管支に詰まらせてしまう恐れがありますから。どうか、ご容赦を」
//SE(聞き手の上体をゆっくり起こす音)
「まずは、お薬を口に含んでください。……いいですよ、そのままお待ち下さい」
(水の入ったグラスを手に取り)
「ゆっくり水を流します。呼吸をするペースに合わせてお飲みになってください。……よく頑張られましたね。後は、汗をお拭きするだけです。上着、少し上げさせていただきますね」
//SE(上着をたくし上げる音)
「やはり、寝ている間にかなり汗をかかれていますね。昨日、雨が降った影響でまだ上着が乾いておりません。心苦しくはありますが、乾き次第、替えの上着をお持ちいたします。ですから、まずは汗による不快感を取り除かせていただきます。まずは、背中側から」
//SE(タオルを差し込む音)
//SE(タオルで優しく体を拭く音)
「肌を傷つけないよう、シルクの絹を撫でるようにして汗を拭き取って参ります」
(聞き手が気持ちが良いと感想を零す)
「気持ち良い、ですか? ありがとうございます。ご主人様がいつお使いになっても良いように、衣服やタオルにはそれぞれ合った洗濯を心がけております。タオルの繊維一つひとつがふわりとするように処置をいたしましたので、新品同様の仕上がりになっておりますよ。さあ、次は脇の下を拭いていきます。左側、少しあげますね」
//SE(左手を上げる音)
「少しくすぐったい、ですか? ご主人様は脇の下も弱くていらっしゃるのですね。もしかして、お風呂のときに遠慮したのはこれを知られたくなかったとか、ですしょうか?」
(聞き手がゆっくり頷く)
「……そうだったのですね。とても可愛らしいお方。ですが、まだ反対側が残っておりますよ。もう少しの辛抱ですから、頑張ってください。……では、右側を少し上げますね」
//SE(左手を下げ、右手を上げる音)
「そんな必死に我慢なさらなくても大丈夫ですよ、すぐに終わりますから。……はい、おしまいです。そんなに驚かれて、どうしたのですか? 私はただ、ご主人様が少しでも心地よい気持ちになっていただけるよう心掛けているだけです。ご主人様が脇の下が弱いのでしたら、丁寧かつ最速で作業を終えることこそ私の務めですよ」
//SE(右手を降ろす音)
「仕上げに、前の方を少し拭かせていただいて……。はい、これで一通り体の方は拭き終わりましたね。では、このまま寝かさせていただきますね。……あとは、しっかりと睡眠を取っていただければ、すぐに良くなりますよ」
(ほんの僅かながら口の端を上げて)
「それでは、私はお仕事をして参りますので安静にしていてくださいね。くれぐれも、起きて仕事をしたりしませんように」
(立ち上がろうとして、待ってと声をかけられる)
「……どういたしましたか? 何か、ご要望があればおっしゃってください。私にできることであれば、全力でサポートいたします」
(聞き手が手を握ってほしいと伝える)
「手を、ですか? 私の手がご主人様のお役に立つのであれば、喜んで」
//SE(聞き手の左手を両手で包み込む音)
「これで、よろしいでしょうか? ……はい、ではご主人様がお休みになられるまでお傍に居させていただきます」
(聞き手を何か言いたげな目で見つめる)
「……はい? 私が、微笑んでいる、ですか? 失礼いたしました。ご主人様は、今なお苦しんでおられるというのに……」
(どうしてか聞かれる)
「どうして、ですか。あまり、面白い話でもないかもしれません。それでもよろしいでしょうか?」
(聞かせてほしい、と聞き手が伝える)
「では、少しばかりお話させていただきましょう。私に妹がいる、というのは正確ではありません」
「……彼女はもう、この世にはいません。あの子はずっと病を患っており、入退院を繰り返しておりました。病院と自宅の往復が殆どでしたが、あの子はいつも「お姉ちゃんと一緒にいることが一番の幸せ」と言ってくれていました」
(聞き手の手を優しく擦りながら)
「私もまた、彼女と過ごす時間が何より好きでした。ですから、彼女が元気でいるときは可能な限り一緒に過ごすと決めておりました」
「起きるときは「おはよう」と声を掛け合い、「いただきます」を共にし、一緒にお風呂に入ったり、寝るときはこうしてお互いに手を握り合い、「おやすみ」と体温を交換するように幸せな時間を過ごしておりました」
(少し声を震わせて)
「……ですが、彼女は――。……ある日、唐突に息を引き取りました」
(当時のことを思い出して、微量の悲しみが声に乗る)
「その日は、検査入院するために病院へ二人で向かいました。先生からも、容態は安定しているので順調に行けば中学校にはちゃんと通えるようになるとまで言われておりました」
(更に悲しみの感情を乗せて)
「入退院を繰り返している影響もあって小学校はあまり通うことができませんでしたから、あと数か月もすれば皆と同じように学生生活が送れるようになると分かり、彼女はとても喜んでおりました」「
(感極まる一歩手前で)
「ですが、入院をしたその日の夜中に容態が急変し、そのまま眠るように旅立ちました」
(涙を流しながらも、それを堪えるようにして話す)
「あまりに唐突な出来事で、私も現実を受け入れるのにかなり時間がかかりました。ほんの数時間前まで元気にはしゃいでいた彼女が、もういないというのが信じられず……。彼女の葬儀の際にも、棺から起き上がって「おはよう、お姉ちゃん」と言ってくれることを願っておりました。ですが、そんな奇跡が起きるわけもなく……。私は、今後どのようにして生きればいいのか分からなくなりました」
「……ですが、そんなときにご奉仕メイド制度の存在を知りました。私に、当たり前のように「おはよう」や「おやすみ」、「ありがとう」を言ってくれた妹はもういませんが……。このお仕事なら、私はまだ頑張って生きることができるのではないかと思ったのです」
(溜息交じりに)
「卑しいですね、私は」
「誰かのお世話をして差し上げるためにメイドになったわけではなく、誰かにそう言っていただけることを期待してメイドになるなんて……。それでお給金までいただいているのですから、自己満足も良いところです」
(聞き手が涙を拭ってあげる)
「……ご主人様? いけません、動いては……。涙くらい、私が自分で……。手が涙で濡れてしまいますよ?」
(聞き手が違うよと言う)
「違う、ですか? それは、どういう……。え? 自己満足でも良い、ですか? 助かっているのは事実? だから、ありがとう? ……ご主人様は、女性の扱いがとてもお上手でいらっしゃいますね。うっかり、私の方が熱に浮かされてしまいそうです」
(聞き手が顔を真っ赤にする)
「……ふふっ、照れてらっしゃるのですか? このままでは、更に熱が上がってしまいますよ? さあ、そろそろお休みになってください。良い子は、寝る時間です」
(おやすみ、と聞き手が伝える)
「はい、おやすみなさいませ。ご主人様が良い夢をご覧になられるよう、こうして見守らせていただきます」
「……もう、眠ってしまわれましたか? 心地よさそうな寝顔ですね。先ほど、話しておりませんでしたが妹が眠れないとき、必ず「おまじない」をしておりました。どうか……幸せな夢をご主人様に」
//SE(左頬に微かな水音、触れるように)
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