第7話:天羽鈴音とぼっち仲間(後編)
夕暮れの訓練場。
木刀を振りながらも、俺の動きはどこか重かった。
頭の中には、昨日森で見た鈴音の姿が焼き付いて離れない。
剣を抜きすらせず、魔物の群れをあっさり叩き伏せた天才。
その背中に、どうしようもない孤独を見た気がしたけれど……
同時に、「勝てるわけがない」っていう絶望が、はっきりと突き付けられた。
「……どうしたの?」
みそぎちゃんで俺の木刀を受け止めた渚が、じっと俺を見つめてきた。
「今日の悠真くん、全然集中できてない」
「……いや、そんなことないと思うけど」
「嘘。顔に書いてあるよ」
渚は腕を組み、見透かすような視線を向けてきた。観念した俺は、昨日のこと――森で鈴音に助けられた顛末をすべて話した。
「……そう、天羽さんに助けられたんだね」
彼女は短く言って黙り込む。
俺は、語ったことでこみ上げてきた無力感を抑えきれず、吐き出すように言った。
「やっぱ無駄だったんだよ。俺が間違ってた。鈴音が正しかったんだ。凡人が足掻いたって、天才には敵わない。結局、俺のやってることって、ただの自己満足だったんじゃないかって――」
「――ふざけないで!」
鋭い声が響いた。
思わず体が震える。
渚は、出会ってから一度も見せたことのない強い感情を顔に浮かべていた。
「天羽さんに勝てないなんて、最初から分かってたはずでしょ!? なのに、なんで今さらそんなこと言うの!」
「……ご、ごめん」
言い返すこともできず、ただ頭を下げた。
渚は少し深呼吸をしてから、落ち着いた声で続けた。
「前に言ってたよね。悠真くんは“無詠唱”できたって」
「ああ……でも、あれは俺の力じゃない。ニャルのおかげで……」
「私は、ずっと論理と向き合ってきたけど、一度もそんな奇跡みたいなこと、起こせたことないよ」
彼女の表情には、儚さと、届かないものへの飢えが滲んでいた。
「だから、悠真くんが羨ましい」
「たまたま偶然、1回できただけだよ」
「わたしはその1回すら起きたことない」
「それは……」
だとしても、それは俺が特別であるという証明にはならない。少なくとも、その1回しかできていないうちは。
「……自分でも気づかないうちに、雷を出すなんて。思っただけで出たんでしょ? それって、神意だよ」
神意。
以前渚が語っていたことからすると、それは演算や理屈を超えた“願いのかたち”。
でも、俺はただ思っただけ。意味もわからず、偶然に。
「昔ね、こんな話を聞いたことがあるんだ。周りから“神理が足りない”って言われた子がいたんだって。どれだけ練習しても、誰にも認められなかったんだって。……かわいそうだよね」
それは誰か他人の話のように語られていた。
でも、どこか遠くを見るような声色は、まるで――
いや、きっと渚自身のことなんだ。
「その子にさお姉ちゃんがいてね。いとも簡単に論理に神を宿らせたんだって。その子は一生懸命お姉ちゃんの真似をしたんだけど、どこまでいってもただの模倣。しかも遥かに劣るおまけつき」
俺を助けてくれたときの鈴音の姿を思い出す。
たしかに、“神”が宿っているかのようにさえと思えた。
あの姿を、もっとすごいかもしれないものを身近で見続けていたとするのなら、渚はずっと――
「でもね、その子はある日、諦めない人と出会ったんだって。周りよりずっと遅れてて、どうしようもないくらい落ちこぼれてるのに、それでも足掻き続ける人と」
渚は俺をまっすぐ見つめた。
その視線が、俺の中にまっすぐ届く。
「だからその子、ちょっとだけ、本当にちょっとだけだけど、やる気を取り戻したんだって」
胸が熱くなる。
俺は、俯いたまま拳を握りしめた。
「……わかったよ、渚。その子に伝えといて。俺は、最後まで諦めない。悪あがきしてやるって」
「うん!」
渚は、あの柔らかな笑みを浮かべて頷いた。
「渚、悪いけど、もう少しだけ特訓付き合ってくれないか」
「もちろん!」
木刀を構える俺に、渚はいつものようにみそぎちゃんを持ち直して立ち向かう。
ありがとう、渚。
おかげで、もう一度自分を取り戻せた。
『ゆーゆー、賭けは終わりじゃないよね?』
あのとき、鈴音が言った言葉が脳裏に蘇る。
――安心しろ、鈴音。
賭けはまだ、終わっていない
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます