第14話 旅立つ悪役令嬢
「本当、相変わらず嵐のような人ね」
大方、今日出ていく私を嘲笑って、ついでに目ぼしい物を奪いに来たんでしょうけど。
なにせ、別邸に来る度に私を罵ったり、今みたいに私の持っている物を物色して奪ったりしている人なのだから。
小さく溜息をついた私は、いそいそと自分の部屋に戻る。
そこには、つい先程掃除をしたとは思えない、泥棒に入られたような惨状が広がっていた。
「全く、公爵夫人が泥棒紛いのことをするなんて……使用人が真似をしたらどうするのかしら?」
今はまだ、公爵家の中で起きていることだから、使用人が義母の真似事をしても、お父様の手腕でいかように揉み消せる。
けれど、お茶会や夜会に招かれた際、手癖の悪い義母の真似事を使用人がしたら……
「いや、今の私は公爵令嬢ではないのだから考えるのは止めよう」
この家が自業自得で降爵しようとも、没落しようとも、平民になった私には関係ない話。
小さく首を横に振った私は、物が散乱した部屋を綺麗に整えると、トランクを持ち上げて部屋を見回す。
「ここには、ロクな思い出が無い。けど、ここに来たお陰で、私は私の力で自分の道を切り開く術を手に入れたわ」
お父様から突然、『今日から別邸に1人で住め!』と言われた時は絶望しかなかった。
だって生まれてこの方、生活のことは全て使用人がしてくれたから。
慣れない家事に加え、義母や使用人からの嫌がらせ。
正直、何度も心が折れた。
けど、生活に慣れていくにつれて、街の人の温かさや生きることの大変さなど、貴族令嬢の生活をしていたら絶対に知ることが出来なかったことをたくさん知れた。
だから、前世の記憶を取り戻した今、この世界で働くことに何の抵抗もない。
むしろ、新天地で新しい人生が歩めることにワクワクしているわ。
楽しそうに笑った私は、深々と頭を下げて部屋を出てすぐ、別邸を後にするといつものように裏門から外に出る。
正門から出たら、お父様やセイラ様に怒られてしまうから。
ひっそりと屋敷を出た私は、勇者パーティーの『魔王討伐』という偉業に浮かれている街の中を歩く。
「アルベルト様、やはりあなた様は勇者になるべくしてなられた方なのですね」
使用人達から『アルベルト様が勇者に選ばれた』聞いた時、とても驚いたし心配もしたし不安にもなった。
でも、心のどこかで『昔から誰よりも剣や魔法の鍛錬して、誰よりも人々のことを考えているあなたなら必ず果たしてくださる』と思っていた。
「そんなあなただから、聖女アリアの相手に選ばれたのね」
人々のために力を振るうことを厭わない勇者と聖女。
「あれっ? どうして胸が痛むの?」
破滅回避を決めた時、『アルベルト様と別れる』と覚悟したはずなのに。
痛まないと思っていた胸が痛み、思わず苦笑した私は、人々の笑顔と活気に溢れている街を懐かしむように散策した後、隣国行きの乗合馬車が止まっている停留所に着く。
「おじさん、こんにちは」
「これはティナちゃん! 今日、出発だよな? 皆には挨拶したか?」
『みんな』というのは、街でお世話になった人のこと。
「えぇ、昨日のうちに済ませたわ」
「そうかい! それじゃあ、乗ってくれ」
快活に笑うおじさんに促され、馬車に乗った私は窓際の席に座ると、窓越しに見える王城に視線を移す。
「アルベルト様……」
初めて会った時、あなた様の天使のような可愛さに一目惚れしました。
そして、厳しい王族教育に泣きそうになったり、他の貴族達から酷い嫌がらせを受けたりする度に、あなた様は優しい声色で何度も励ましてくれて、時には『気晴らしに』とお忍びで街に行きましたね。
そんなあなた様の笑顔と優しさが大好きでした。
「そう言えば、酷い嫌がらせを受けた時、それを聞いたアルベルト様が『大丈夫、可愛いティナは僕が守るから』っておっしゃってくださって……その日を境に私への嫌がらせがピタリと止まったわね」
一体どうやって止めたのかは分からないけど。
「アルベルト様、覚えていらっしゃるかしら?」
って、覚えているわけ無いわよね。そんな昔のことなんて。
再び苦笑した私は、王城に向かって別れを告げる。
「さようなら、アルベルト様」
もう二度と会うことは無いと思いますが……どうか、アリアとお幸せに。
頬に伝う一筋の涙を優しく拭った私は、破滅回避した未来への第一歩を踏み出すべく、乗合馬車に揺られながら王都を……いや、祖国を後にした。
この時の私は、『婚約破棄』という大きな選択が、祖国の存亡に関わるなんて思いも寄らなかった。
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