第13話 義母と悪役令嬢
陛下との謁見から1週間後。
隣国に向けての準備が全て終わり、街で仲良くなった人達との別れの挨拶を済ませたタイミングで、使用人を通してアルベルト様の婚約破棄と、エーデルワイス家からの勘当が言い渡された。
「では、今日中に屋敷を出て行かれてくださいね。さもなくば、不法侵入者として憲兵隊に捕まえてもらいますので」
「えぇ、分かっているわ」
小さく頷くと、心底不満そうな使用人が何かを突き出した。
「それとこれ、陛下から紹介状です。これを隣国の王城の者に見せれば、使用人として働けるとのことでした」
「そう、ありがとうね」
そう言って、すまし顔で受け取った私だったけど、内心は喜びにあふれていた。
なにせ、これで本当に断罪される未来が回避されるのだから。
貴族令嬢として表に出さないよう無表情を取り繕いながら懐に紹介状を入れると、別邸に甲高い女性の声が響き渡った。
「あら、そこの平民はまだこの屋敷から出て行ってないの?」
「セイラ様」
別邸に現れたのは、アリアの母であり、現エーデルワイス公爵夫人であるセイラ・エーデルワイス。
小説では『聖母のように慈悲深い母親』で、魔王討伐に行くアリアに手紙を送り、物語の最後では無事に帰ってきたアリアを抱き締め、アルベルト様と結ばれた娘を誰よりも喜んでいたけど……
「申し訳ございません。今丁度、陛下から通達が来まして……」
「言い訳しないで頂戴!」
真っ赤なドレスに身を包んだ継母の声に、頭を下げた私は思わず顔を歪める。
これのどこが聖母なのかしら。どこからどう見ても、高級娼婦にしか見えない。
まぁ、元々高級娼館で働いていたらしいから、あながち間違っていないのかもしれないけど。
「あんたはもう、アリアにとって邪魔な存在! だから、早く出て行って頂戴!」
「分かっております」
だから、あんたも出て行って頂戴。
すると、私を見たセイラ様が不機嫌そうに鼻を鳴らす。
「フン、どんなに誹りを受けてもすまし顔。やっぱり、あんたはあの気に食わない女の娘ね」
「…………」
『気に食わない女』って、もしかしなくてもお母様のことだろう。
小説では描かれていなかったけど、もしかするとセイラ様はお母様が何かしらの因縁があったのかもしれない。
とはいえ、お母様を侮辱されるのは心底腹が立つけど。
「まぁ、良いわ。ジェレミーから聞いたけどあんた、アリアのために自ら身を引いて、あの野蛮な隣国に行くそうね。『毒婦』と言われているあんたにしてはよくやったわ」
『ジェレミー』というのは、お父様のことね。
そんな重要なことをあっさり言うとは……今のお父様は、どれだけ今のお継母様に入れあげているのやら。
「私も公爵家の人間。己の身の振る舞いは分かっていますので」
「ふ~ん、そう」
例え、全て冤罪だったとしても、生家にこれ以上迷惑をかけられないから。
そう思いつつ顔を上げた時、セイラ様ニヤリと嗤った。
「そう、それならさっさと出て行って頂戴」
そう言うと、セイラ様は使用人を連れて真っ直ぐ私の部屋の方に入った。
大方、新しいアクセサリーが無いか物色しに行っているのでしょう。
公爵家の財産なんて、別邸に来た時点で支給されていないし、新しいアクセサリーなんて買っていないのだけど。
とはいえ、最初は抵抗した。けど、お父様が『貴様、勝手に公爵家の資産を使い負って!』と怒られてから、諦めて渡すようにした。
その方が、波風立たずに済むから。
すると、気分良くセイラ様が持ってきて、サファイアのネックレスを掲げた。
「これ、あんたに相応しくないから私がもらってあげるわね」
「どうぞ」
どうして、この人、聖母なんて呼ばれていたのかしら?
どう見ても、この人の方が毒婦に相応しいと思うけど。
僅かに眉を顰めた私に気分を害することもなく、言いたいことだけ言ったセイラ様は、使用人と共にそのまま嵐のように去っていった。
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