第8話 父親を説得する悪役令嬢(後編)
「そ、それは……」
私の言葉を聞いて、顔を顰めていたお父様が狼狽えるが目の輝きは僅かに増した。
アリアとアルベルト様が魔王討伐に出てから、アルベルト様とアリアの仲睦まじい様子が噂として流れるにつれて、アルベルト様の婚約者を私からアリアにすべきだという声が日を追うごとに大きくなっていった。
まぁ、『勇者の隣は、毒婦より聖女の方が良い』を思う気持ちは分からなくもない。
けれど、一体誰が言い出したのかしら?
勇者一行が魔王討伐に出るまでは、公爵令嬢を蔑ろにするようなことを言う人はいなかったのに。
すると、娘に詰め寄され、先程までの勢いはどこへやら、急に大人しくなったお父様が椅子に座ると深い溜息をついて額に手を置く。
「もちろん知っている。大事なアリアに関することだからな」
『実の娘に関することだから』じゃないのね。
「そうですか。では恐らく、陛下の耳にも……」
「あぁ、届いているだろう。実際に聞いたことはないが」
「そう、ですよね」
胸の痛みを逃がすように小さく溜息をついた私は、心を無にしてお父様にお願いをする。
「とすれば、こちらから申し出れば、アルベルト殿下の婚約者をアリアに変えることが出来るのではないですか?」
あなただって、それがお望みなのでしょ?
「……お前は、それで良いのか?」
「はい?」
ゆっくりと顔を上げたお父様が、真剣な眼差しで私を見つめる。
まるで、愛しい娘の心を案じるように。
「殿下とアリアの仲が急速に深まったから、それに嫉妬したお前は、聖女であるアリアを虐めていたのだろ?」
「…………」
「そんなお前に、殿下の婚約者をアリアに変えても良いのかと聞いているのだ」
お父様の言葉で、思わず嗤いが出そうになった。
それこそ今更よ。
家族も友人も居場所も、私が大事にしていた何もかもをヒロインのものになった今、破滅回避のためなら喜んで婚約者を差し出すわ。
例え、今でも殿下のことを愛していたとしても。
アルベルト様の婚約者を私からアリアに出来ることへの嬉しさを滲ませつつ、心配そうに見つめるお父様を『鬱陶しい』と思いながら私は小さく首を縦に振る。
「構いません。そもそも私、アリアを虐めてなんておりません」
「だが、アリアが本邸にいた頃、使用人達から毎日のように『ティナがアリアを虐めている』と報告が……」
「私は由緒ある公爵家の娘。国民が勇者と聖女の結婚を望んでいるのならば、それを陛下が許すというのならば、私はこの家に生まれた者としてその意に沿って自ら身を引きましょう」
本当は、破滅回避がしたいだけなんだけど……実の娘の言葉より義理の娘の言葉を信じる男に言う必要な無いわよね。
公爵家の娘として完璧な答えを出した私を見て、一瞬目を見開いたお父様は、少しだけ思案すると感慨深そうに私を見つめる。
「『由緒ある公爵家の娘として、国民の意と陛下の決断に従い、自ら身を引く』か。毎日のようにアリアを虐めていたお前からそんな殊勝な言葉が出てくる日が来るとはな」
「ウフフッ、一応私、お父様の娘ですから」
「そうだったな……分かった、そういうことならエーデルワイス公爵とおして私から陛下に進言しよう」
「ありがとうございます」
「なに、公爵家に泥を塗るような振る舞いしかしないワガママ娘がようやく身の程を知ったのだ。我が愛しいアリアのためにも動かなければ」
「そう、ですね」
明らかに私をバカにしているお父様の言葉を笑顔で流す。
一先ず、『アルベルト様の婚約者をアリアにしても良い』という私の意志はお父様に伝わったみたいね。
さて、ここからが本題よ。
「それでお父様。ついでと言ってはなんですが、殿下との婚約破棄が成立した場合、私は公爵令嬢としての価値は無くなりますでしょう?」
本当は婚約破棄程度で価値が無くならないことくらい、前世で散々異世界恋愛ものを読み、今世で貴族社会を学んでいる私には分かっていた。
巷で『毒婦』と呼ばれていてても、一応公爵令嬢なんだし。
「そうだな。これまで散々公爵家に迷惑をかけてきたんだ。殿下との婚約破棄が成立した場合、お前には即刻、エーデルワイス公爵家から『勘当』という形で出て行ってもらう」
そこは、小説の展開と変わらないのね。
「ほう、驚かないか?」
「えぇ、何となくそうなるかと思っていましたので」
実の娘より義理の娘を大事にする父親だから。
「そうか」
「そこでなのですが、陛下から私と殿下の婚約破棄が成立した際、傷物になる私を隣国の使用人として雇ってもらえるよう陛下に取り計らってもらえますか? その方が家名も傷つかないでしょう?」
この世界が前世で読んでいた小説の世界とはいえ、今の私にとっては紛れもなく現実。
破滅回避したらそれでおしまいというわけにはいかない。
破滅回避した先の未来をこの世界で生きていくのならば、生きていくための糧を見つけなければ!
私のお願いに再び思案を巡らせたお父様は、しばらく考えた後、小さく頷く。
「分かった。英断をしたお前への最後の褒美として、婚約破棄が成立した際は、そちらも進言しよう」
「ありがとうございます」
よし、これで破滅回避まであと少し!
愛しいアリアとアルベルト様が結ばれる未来を想像し、ニヤニヤが止まらないお父様に深々と頭を下げた私は、破滅回避へ大きく前進したことを心の内で喜んだ。
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