第6話 父親と悪役令嬢

「私、この家の娘なのよね」



 久しぶりに訪れた本邸の中は、お母様が生きていた頃と変わりなく綺麗に整えられていた。


 って言っても、別邸に住み始めたのはつい数年前なんだけど。


 とは言え、久しぶりに来たから懐かしさでもこみ上げてくるかなと思ったけど……何だか初めて来たみたいで落ち着かないわね。


 きっと、前世の記憶を思い出したからかしら。


 そんなことを思いながら応接室に通された私は、お茶や菓子も出されることもなく、しばらくの間、静かに待っていた。


 すると、心底面倒くさそうな顔をしたお父様が入ってきて、ドカりと目の前のソファーに座った。



「ティナか。悪いが、今はアリアのことで忙しい。お前の話なら後で聞く」



 『話を聞く』って……そう言って、ここ数年はまともに私の話なんて聞いてくれないじゃない。



「……本当に変わってしまったのね」

「何か言ったか?」

「何もありません」



 お母様が生きていた頃は、優しくて厳しいお母様に中々頭が上がらず、お母様から怒られる度に縮こまりながら頭を下げていた。


 そんなお父様は、1人娘である私をお母様と一緒に愛情深く育ててくれて、いつかお父様の自慢の娘になろうと思って一生懸命努力した。


 けれど、目の前にいるお父様は、私の大好きなお父様ではない。


 義妹に絆され、実の娘を蔑ろにする哀れな男。


 その事実が、私の胸を静かに痛めた。


 変わってしまった男を前に、僅かに眉を潜ませた私は、小さく息を吐くと本邸に来た理由を伝える。



「アリアのことでお忙しいのは重々承知の上ですが、早急にご決断していただきたいことがございましたので、本日こちらに参りました」



 すると、お父様が心底面倒くさそうな表情で私を見つめる。



「何だ? 新しいドレスが欲しいなら随分前にアリアが夜会で着たドレスを持っていけ。それくらいなら許可してやる」

「っ!」



 この人は、本気で言っているのかしら?


 既に誰かが着ているドレス……それも、義妹が着ていたドレスを実の娘に渡すなんて。


 そのドレスを着て私が社交界に出たら、私だけでなくエーデルワイス家が笑いものになるんなんて分からないのかしら?


 お父様の言葉に思わず血が上りそうになったけ、深呼吸をして気持ちを落ち着かせる。


 落ち着いて、今日来たのはドレスの催促にきたわけじゃないわ。


 そもそも、アリアが来てからお父様の方針で社交界なんて全く出ていないのだから、ドレスなんて欲しがるわけがない。



「いえ、今回はドレスの催促に来たわけではありません」

「では、指輪かネックレスか? だったらそれも、アリアが使わなくなった物から見繕って持っていけばいい」

「…………」



 あぁ、だんだんイライラしてきたわ。


 本当、この人は、実の娘である私をとことん辱めたいみたいね。


 まぁ、それは使用人達の態度で一目瞭然だけど。


 実の娘よりも義理の娘に愛情を注いでいる父親らしき男の態度に心底呆れつつ、首を横に振るった私は単刀直入に要件を伝える。


 これ以上、この男と話していたら殴りたくなるから。



「いえ、今回はアルベルト様との婚約についてお話があって参りました」

「アルベルト殿下との婚約についてか?」

「はい」



 ジロリと睨んだお父様の紺碧の瞳が、僅かに期待に満ちたように光った。


 どうやら、お父様も私と同じことを考えていたのね。


 それも、私が提案するずっと前から。


 期待を宿らせた父の瞳とかち合い、私の胸の中に底知れない絶望感が巣食う。


 それでも、破滅回避をするために胸の中にある絶望感から目を逸らした私は、お父様の望みを叶える。



「お父様。今すぐ私とアルベルト様……いえ、アルベルト殿下との婚約を私個人の有責として破棄してください」

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