第5話 動き出した悪役令嬢
「とりあえず、エントランスに行って今の状況を確認しないと!」
前世の記憶を思い出して、あまつさえ、夢で断罪シーンを見たということは……!
前世で読んだ数多の異世界恋愛ものの小説でのストーリー展開を思い出した私は、急いで部屋を出ると階段で一階のエントランスに降りる。
すると、玄関先に新聞紙が雑に置かれていた。
「良かった、今日もちゃんと運ばれてきたみたいね」
『一応、公爵令嬢だから世間のことを把握しておけ』ってお父様から言われてから、毎日読んでいるのよね。
あんなお父様だけど、一応私を公爵令嬢として認識している。
娘としては全く認識されていないけど。
使用人の誰かが置いたであろう新聞を手に取ると早速広げる。
そこには、勇者一行が魔王討伐を成功したという記事が堂々と書かれていた。
「やっぱり!」
夢で見た断罪は、勇者一行がこの国に戻ってきた一週間後、国を挙げての祝勝パーティーの最中に起こる。
そして、勇者一行がバドニールに戻るのは確か、魔王討伐を果たした翌年だったはず!
時間が無いことに焦りを感じた私は、破滅を回避するための強硬手段に出る。
「彼と……アルベルト様と婚約破棄しなくちゃ。それも、私個人の有責として」
エーデルワイス家の責任ではなく、あくまで私個人が殿下をお支え出来なかった責任として婚約破棄をする。
そうすれば、少なくとも家に迷惑をかけることは無いはず。
実現するかどうかはさておき。
そもそも、私が破滅した原因は、魔王の手先だった私が魔王の残滓に体を乗っ取られたから。
でも、私が魔王の手先になったのは、義妹であるヒロインが婚約者である勇者と仲良くしていたから。
「幸いなことに、今の私は魔王の手先じゃない。けど、祝勝パーティーで仲睦まじい2人を見て、夢の中で感じた憎悪が混じった嫉妬に駆られない自信はない」
今だって、アルベルト様との婚約破棄を考えただけで胸が痛い。
その状態で祝勝パーティーに行ったら、何を起こすか分からない。
それこそ、魔王の残滓に乗っ取られるかもしれない。
それだけは絶対に避けたい。
だから、勇者一行が帰ってくる前に、私個人の有責としてアルベルト様との婚約を破棄をして、断罪の舞台に上がらないようにしないと。
「でも、貴族としてのプライドが高く、権力が大好きなお父様が、アルベルト様との婚約の破棄を認めてくれるとは思えないわね」
侯爵家出身のお母様を心から愛していたお父様だけど、お母様が亡くなった途端、聖女の後ろ盾に真っ先に申し出た人のことだ。
いくら家族としての情が無くなった娘とはいえ、王族との婚約破棄に対し、喜んで応じるかと言われたら別問題だ。
大方、相手が王族であることを理由にして『それは勇者が戻ってきてからにしよう』となりそうね。
そうなれば、私が断罪される未来は避けられないわ!
「う~ん、なんとかして穏便に、かつ迅速に婚約破棄出来る方法を……あっ」
そう言えば、勇者一行が魔王討伐に出てしばらくして『勇者と聖女が恋仲だ』という噂を聞くようになったわね。
それも、魔王討伐が進むにつれて、その内容も具体的になっていたし。
街でそれを耳にする度に、アリアに対して激しい怒りを覚えたけど……
「そう言えば、私とアルベルト様の婚約は『エーデルワイス家の娘との婚約』って内容だったはず」
アルベルト様と婚約した時のこと思い出した瞬間、誰もいない屋敷のエントランスでニヤリと笑う。
「これは使えるかもしれない!」
正直、かなり強引だから上手くいくか分からないし、彼を心から愛していた私にとっては大変不本意なことだけど。
でも、物語のような破滅は真っ平ごめんよ!
手の中に納まった新聞をグシャっと握り締めると私は胸の痛みに目を逸らしながら決意する。
「一先ず、お父様に会って話さないといけないわね! 1年の猶予があるとはいえ、聖女を虐めた悪役令嬢を助けてくれる人なんて誰もいないんだから!」
うかうかしていたら、あっという間に破滅まっしぐらよ!
踵を返した私は、急いで朝食と身支度を済ませる。
そして、別邸の外に出た私は、足早に本邸に向かった。
「ティナ様、こちらには来ないでと何度も……」
「アルベルト様との婚約について急ぎ、お父様……いや、エーデルワイス公爵様とお話がしたいの。案内してくれるかしら?」
「っ!」
フッ、どうやら、私の意図が分かったみたいね。
私を出迎えてくれた執事が、驚いた表情で少しだけ考え込んだ後、深々と頭を下げる。
「……かしこまりました。急ぎ旦那様にご報告いたしますので、その間、ティナ様を応接室でお待ちください」
応接室ね。別に執務室でも良かったのだけど。
それに『ティナ様』って、随分と他人行儀な呼び方ね。
アリアには『アリアお嬢様』って呼んでいる知っているんだから。
幼い頃から仲が良かった執事の変わりように胸を痛めつつ、厳しい淑女教育で鍛えたポーカーフェイスで小さく頷く。
「分かったわ、急いで頂戴」
「かしこまりました。では、お入りください」
恭しく頭を下げた執事に促されて本邸に入った瞬間、仕事をしていた使用人達が一斉に私を親の仇のように睨みつけてきた。
悲しいわね。つい数年前まであなた達と仲良くしていたのに。
悲しみを誤魔化すように思わず笑みを零した私は、眉が吊り上がっている使用人達を横目に応接室に向かった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます