第2話 母を亡くした悪役令嬢

「お母様……」



 笑っているお母様の顔を優しく撫でた私は、お母様が亡くなった日のことを思い返す。


 忘れもしない。


 あれは今から3年前、激しい雨が降る日のこと。


 その頃、お母様は流行り病にかかっていて、ベッドから起き上がることもやっとの状態だった。


 私やお父様、そして使用人の皆に病をうつしたくないお母様は、自分だけ別邸の部屋に移り住んだ。


 その部屋というのが今、私が使っている部屋なのだけど。


 とはいえ、病人のお母様だけ別邸に住まわせるわけにはいかなかったので、お父様の指示で看病するための使用人を交代制で別邸にいさせ、お抱え医師を別邸に住まわせた。


 私やお父様も口に布を覆った状態で別邸に入り、部屋で寝ているお母様のお見舞いに行っていた。


 ……いや、この頃のお父様は仕事が多忙すぎて、屋敷に帰ってくることが滅多に無かったわね。


 今思えば、この時にはお父様は継母と義妹を迎え入れる準備をしていたのかもしれない。


 そんなことなど知る由もない私は、いつものように貴族が通う学園から帰ってくると、そのままお母様のお見舞いに行こうとした。


 すると、執事のショーンが涙に堪えながら出迎えてくれた。



『ショーン?』

『お帰りなさいませ、お嬢様』

『ただいま……って、どうしたの?』

『実は……』



 ショーンは私が学園を出た直後、お母様は眠るように亡くなったことを告げた。


 それを聞いた私は、急いでお母様がいる別邸に向かった。



『お母様!』



 ずぶ濡れのままお母様がいる部屋のドアを開けると、そこには沈痛な表情のお父様と、ショーンと同じく涙に堪えている使用人達。


 そして、ベットには眠るように息を引き取ったお母様がいた。



『お母様! お母様!』



 ベッドに駆け寄った私はお母様の手を握る。


 雨で冷たくなった私の手より、か細くなったお母様の手の方が冷たく感じ、私は『お母様ーー!』と泣き叫んだ。


 そこから、どうやって自分の部屋に帰ったのは覚えていない。


 ただ、その日は全く眠れなかったことだけは覚えている。



「お母様は優しかったけど、とても厳しい方で……私は、そんなお母様が大好きだったわ」



 もっとたくさんのことを教わりたかった。


 貴族令嬢としての振る舞いや戦い方、そして、将来のパートナーと上手く付き合っていく方法を。


 そうすれば、婚約者ともう少し仲良くなれたのかしら。


 今でもお父様や使用人達と仲良くいられたのかしら。



「そして、お母様が亡くなった日、魔王が復活したのよね」



 この世で一番大好きなお母様が亡くなった日、1000年前に倒されたとされる魔王が復活し、世界に対して宣戦布告をした。


 伝承のものとされていた魔王の復活は、世界を一瞬にして恐怖に陥れるには十分すぎた。



「そう言えば、お母様の喪が明けた日に、勇者が誕生して、その翌日に聖女が誕生したのよね」



 魔王の復活で魔物や魔族の動きが活発になり、人々が生きることを諦めようとした時、我が国で行われた勇者選定の儀で、この国の第二王子であり、私の婚約者であるアルベルト様に勇者に選ばれた。


 勇者の誕生に人々が歓喜した翌日、教会に偶然迷い込んだヒロインが本来、貴族でしか触れることが許されない魔力測定の宝玉を平民の身でうっかり触れてしまった。


 その瞬間、王都の教会が眩い光を包まれ、神官長が慌てて宝玉がある大聖堂に向かい、その場にいたヒロインをヒロインを『聖女』として認定し、平民の彼女を大切に保護した。


 数日後、ヒロインは教会の前で、王族や多くの貴族や平民が見守る中、再び宝玉に触れて眩い光を放った。


 闇に包まれようとしている世界に住む人々の心に、希望の光が差した瞬間だった。


 目の当たりした国王陛下は、平民のヒロインが聖女であることを大衆の前で宣言した。



「平民だったヒロインは、聖女として後ろ盾を得るため、王命により母親と共に我が家に来たのよね」



 この出来事が、私の人生を大きく変えた。

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