第24話 俺の格好いいところってなんだ?



「で? 脩のほうは? ドッジボールの試合どうだったの?」

「残念と言うか妥当というか。2回戦敗退だ」


 小休憩を取るために体育館から出て腰を落ち着けたところで、瑠偉からそう尋ねられた俺は、あっさりとそう答えた。


 どちらかというとスポーツガチ勢ではない俺は『ぬるくゆるっとやろう!』とドッジボールに参加していたので、ちょうどいい奮闘具合だったと思う。

 どちらかと言うと、自分の試合より瑠偉のバスケ姿が見たかったし。

 お父さんとしてね。うん。あくまでもね。


「えー、僕も脩の試合見たかった」

「別に見るほどのものでもないだろ」

「むう」


 俺の反論に瑠偉が可愛らしくむくれてみせる。

 むう、ってなんだ。むう、って。

 可愛いか。


「僕も脩の格好いいところ見たかったのになー……」

「………………。俺の格好いいところってなんだ……?」


 一体、こいつの目には俺がどういう風に映ってるんだろうな?

 正直、女子にきゃあきゃあ言われる方じゃないって自覚なんだけど。

 そう思っていると、瑠偉が――。


「……知りたい?」


 と言って、意味ありげに俺のことを見つめてきた。

 軽く俺に身を寄せ、さりげなく――肩と肩を触れあわせながら。


 ……いやだわあ、この子。どこでこんな技覚えてきたのかしら。


 なぜか脳内でオネエ言葉みたいになりながら、どきりと跳ねた胸を沈める努力をする。

 体操着の襟首からちらりと除く胸元。ふわりと漂う嗅ぎ慣れた瑠偉の匂い。

 俺を見上げてくるその顔の口元の、ふっくらとして柔らかそうなさくらんぼ色の唇が、何かを求めるように微かに開かれている。


『ん……、しゅう……』


 瑠偉が――、こちらに吸い寄せられるように唇を寄せてくると、ねだるように俺の顔にちゅっと口付けてくる。


『ねえ、脩……。教えて欲しかったら、脩の方からもキスしてよ……』


 甘くとろけるような顔で、俺のことが好きなことを隠そうともせずに顔中にキスを振らせてくるルームメイト。

 そんな瑠偉がたまらなく可愛くて、俺が夢現ゆめうつつでその細い腰を抱き寄せると、瑠偉も触れていた俺の手をそのまま自らの胸元へと導くように引き寄せるのだ。


『んっ……』


 導かれるままに俺がそこに辿り着くと、なぜか柔らかく膨らんでいる。

 そして瑠偉が気持ちよさそうに声を上げる。


『ダメだろ……、瑠偉。こんなとこじゃ……』

『なんで? 男の子同士だし、誰も気にしないよ……』


 瑠偉の囁きに、俺の頭もくらりと酩酊する。

 ――そうなのだろうか?

 男同士だから、ここで何をしても誰も気にしないのだろうか――?


「……ゅう。脩?」


 ……はっ。

 お……、おおおおおお……!

 やばい。また妄想の世界に入りかけてた。というか入ってた。完全に。


「脩?」


 キョトンと俺を見上げてくる瑠偉。

 えーと、直前のやりとりってなんだっけ?

 俺、なんであんな妄想に……。


 そう思い起こそうとして、直前に瑠偉から『俺の格好いいところがどこか聞きたいか?』と聞かれてこうなったのだということを思い出す。

 

 …………はあ。…………よし。


 煩悩を振り切るために、一度大きく深呼吸をする。

 それから――。


「……そんなことより、水分補給はこまめにしとけ」

「ふむっ」


 そう言うと俺は、瑠偉のために買っておいてやったスポーツドリンクのストローを、ずぼっとその口に差し込んでやった。

 なかば強引に水分を取らされる形になった瑠偉はどこか不満げな表情を見せていたが、俺の言葉に素直に従ってちゅうちゅうと水分を摂取する。


 その様子がなんだか可愛くて、小動物にするような気持ちでぽふぽふと頭を撫でてやると、ぼふっと頭に肩を持たせかけられた。


 あ〜。可愛い。


「お前、次で準決勝戦だろ。怪我しないように気をつけろよ」


 俺がそう言うと、瑠偉が「……うん」と素直に頷いたので、俺はまた頭を撫でてやった。


 ――しかし。

 俺のその言葉に反して、瑠偉は次の試合中に怪我を負ってしまうことになるのだった。



 ◇ ◆ ◇




「うん、軽い突き指だね。とりあえず2、3日様子見て」 


 ――試合後。

 俺が校内にある保健室まで瑠偉を引きずっていくと、養護教諭からそう告げられた。


「だから言ったろ。痛いの隠すなって」

「だって……」


 皆に心配させたくなかったから……と言う瑠偉に、俺は『はあ……』とため息をつく。


「それで放置して、明日になってぼんぼんにれてたら余計みんなが心配するだろ」

「はい……」


 ぴしっと俺がそう言うと、瑠偉がしょんぼりと項垂れた。

 うむ。

 まあこれくらい言っておけばいいだろう。


 ――結局、瑠偉が出場した俺たちのクラスのバスケチームは準決勝敗退で終わった。

 まあ実際のところ、相手が3年のチームだったのに対して1年がよく奮闘した方だったと思う。

 瑠偉も頑張ってはいたが、結局のところ僅差で負けてしまった。


 そうしてその途中――、パスボールのカットをした際、瑠偉が顔をしかめたのを見咎めた俺が「瑠偉。お前ちょっと来い」と言って、こうして保健室まで連れてきたというのがこれまでの流れである。


「……どうして、他の誰も気付かなかったのに脩だけ気付くかな……」

「何か言ったか?」


 瑠偉がぼそりと呟いたのを聞き止めた俺が聞き返したが、


「……なんでもない」


 と答えたので俺も聞かなかったことにした。

 そこに、

 

「せんせー、すいません絆創膏くださいー」


 と言って、がらがらがらーっと保健室のドアを開けて入ってきた生徒がいた。


 ……なんか、妙にキラキラしいイケメンが入ってきたな。


「絆創膏ね。どうした?」

「ちょっと試合中にこけて擦りむいちゃって……」

「ああ、なるほど。じゃあ、クラスと名前教えて。とりあえず消毒するから」

「1Aの花村はなむらたすくです」


 そう言って爽やかに名乗った花村は、養護教諭から「ちょっと待っててね」と言われて素直にストンと俺たちの斜向かいに座った。


 ……花村。

 どこかで聞いたような名前だなと思いながら記憶を探っていると、ふとこちらに視線を向けてきたその花村が、


「あ」


 と声を出し、急に何か興味を抱いたかのように俺たちに向かって話しかけてきた。


「ねえ、君。さっきバスケの試合に出てた子だよね?」

「……はあ」


 前のめりになって聞いてくる花村に、瑠偉は少し及び腰になりながら答える。


「凄かったな、動き。前に部活とかでやってたりしたの?」


 そう尋ねてくるのは、今回のスポーツ大会では現役部活員は所属している部活と同じ種目に出るのを禁じられているからだ。

 バスケの試合にバスケ部員は出られない。

 だから花村は瑠偉に向かって『以前どこかでやっていたのか?』と聞いてきたのだ。


「部活とかは別に入ってないけど……」

「へえ。それであれだけできるってすごいな」


 そう言って笑う花村は、おそらく誰が見ても好青年だと答えるであろう爽やかな立ち居振る舞いを見せる。

 これは……、女子にモテる類の男子だな……。

 そう思いながらちらりと瑠偉を見やるが、特にキラキラと瞳を輝かせている様子もない。

 むしろ逆に、


「脩、そろそろ行こ」


 と言って俺の袖をくいくいと引っ張ってくる。


「あ、もう行くの? 残念。また時間がある時にいろいろ話聞かせてよ」

「……うん。機会があればね」


 そう言って瑠偉が立ち去るのに俺もついていこうとすると、花村は律儀なことに俺に向かっても「ごめんね、友達といるところ差し入って」と謝罪の言葉をかけてきた。


 ……如才じょさいのないやつだなあ。


 俺はそんなことに妙に感心しながら、あの花村という人物の名前をどこで見たのかということを思い出していた。


 中間テスト、総合順位1位――花村翼。


 あの爽やかイケメンボーイが俺たちの学年でトップの成績を叩き出した、最優秀成績者なのだった。



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