第25話 は? シャワー浴びるの手伝って? 何言ってんの?



 ――なあ。できれば誰か答えて欲しいんだけど。


「脩、あのね。……シャワー、浴びるの。手伝ってほしいんだけど……」

 

 可愛い女の子からこんなお願いをされた時。

『いいよ、困ってるんだろ?』と爽やかに応えてやるのが正解なのか。

『いやいや、お前もっと自分を大事にしろよ!』とたしなめるのが正解なのか。


 ――俺がそんな場面に直面したのは、スポーツ大会が終わった、まさにその夜のことだった。



 ◇ ◆ ◇



「脩、あのね。……シャワー、浴びるの。手伝ってほしいんだけど……」


 その日。

 スポーツ大会も終わって、部屋に戻ってきて『はあ一休みするか』と思った俺に、瑠偉がどこかもじもじしながらそんなことを言ってきたのだ。


「――――は?」

「あの、シャワー浴びるの、手伝って欲しい、って」


 いやわかってるよ。それはちゃんと聞こえたよ。

 俺が「――――は?」と言ったのは別に聞こえなかったからとか聞き違えたと思ったからじゃない。


 ……マジで?


 と思ったからだ。

 ねえ。

 ねえほんと、瑠偉さん。

 お前マジで言ってんの?


「……え、何。自力でシャワー浴びれんほど痛いのか?」

「…………うん」


 そう言って、瑠偉がこくりと頷く。


 ……いや、なんだ今の間は。

 しかし本人が『そうだ』と言うのなら、言われた方のこちらはそれを信じるしかない。


「…………俺が、お前の、シャワーを手伝うのか?」

「………………だめ?」


 …………………………。

 いや…………、『だめ?』って。

 小首を傾げて可愛く聞かれてもなああああ?

 俺としてはどちらかというと、これで『いいぞ!』と言うとかなりギルティなところに足を突っ込む気がして仕方がないんですけど。


「あの……男の子同士だし……、脩が嫌じゃなければ……。髪の毛と、背中だけでいいんだけど。今日、汗たくさんかいたから流したいし……。テーピング、あんまり濡らさないようにって先生からも言われてるし……」

「………………まあ」


 そうですね。

 確かに、そんなことは言われてました。

 なんなら保健室に連れてったのは俺だからちゃんと一緒に聞いてましたよ……。


 いや〜〜、わかるよ?

 わかりすぎるほどにわかる。

 だって今日、スポーツ大会であれだけ運動したら、汗流したいよな?

 でも、それを俺が手伝うっていうのもさあ……!


「脩に手伝ってもらえないなら、誰か他の人に頼むしかなくて……」


 逡巡している俺に、瑠偉がなおも諦める様子もなく俺にそう言い募ってくる。

 …………………………。

 いや……………………。

 他の人に頼むって、誰によ…………?

 誰に頼むつもりなのよ瑠偉ちゃん?


 いねーだろ! 他に! 誰に頼むっていうの!

 そう思ってしまったら、もはやこれに答える言葉は一つしかなかった。


「………………、わかった……」

「…………! ほんと!?」


 俺の言葉に、瑠偉がほっとした様子を見せる。

 その様子を見るからに、本当にさっぱりしたくて困っていただけなんだろうなとは思う。思うんですよ。

 別に変な下心とかはないんだろうな。多分。って。


 ちなみに俺だってないよ!

 下心なんて!

 でも実際その現場に居合わせたらない下心も生まれないとは限らないでしょ!

 男なんだから!


 ◇


 そうして――。

 俺が心の中でそんな葛藤を繰り広げているうちに、いつの間にか瑠偉に連れてこられていましたシャワールームに。


 ちなみに、この寮には各部屋にシャワールームはない。

 基本は1階にある大浴場を使うか、そっちが使えない人は各階にあるシャワールームを使うことになっている。

 大浴場が空いている時間に入れなかった人とか、宗教上の理由とか、その他様々な理由で大浴場に入れない人がシャワールームを使うんですね主に。


 でもって、瑠偉はこのシャワールームを普段から使っている。

 まあそうだよね。

 大浴場とか入れないもんね。女の子だし。


『脩……、あのね。脩の……、したいようにしていいからね……?』


 そう言って、いつの間にかシャワーブースの中で、下着姿で泡だらけになった瑠偉が俺にぴとりとくっついてくる。

 おい、いつの間に脱いだんだ。

 そしていつの間にどうやってそんなに体を泡だらけにしたんだ――なんてツッコミをする奴はいない。

 なぜなら今、ここは俺と瑠偉の二人きりだからだ。

 そんでもって下着はもはやお馴染みの白レースの上下です。


『んっ……、しゅう……。ねえ、もっとさわってよ……』


 そう言って。

 瑠偉は俺の手を掴んで、自らの柔らかいところに触れさせようとする。

『しゅうにさわられると、きもちいい……』とかなんとか言いながら――。


『あ……、ん……っ』

「脩?」


 ……はっ。


 またしても、妄想の世界で瑠偉との蜜月を堪能してしまった。

 シャワールームの前で、きょとんとした瑠偉に呼び覚まされてはっと現実に戻ってくる。


 あ……危ない……!

 これは、シチュエーションがダメすぎた。

 誰か……! 教えてくれませんかね……!

 勝手に湧き上がってくる妄想を止める方法を……!


 男として、幼馴染として。

 瑠偉に恥じない俺でありたいと思っているのに、つい衝動的に湧き上がる妄想に自分で猛反省しながら、


「……いや、すまん。大丈夫だ……」


 と、なんとか言葉を絞り出したのだった。

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