第5章 うちの学校のクラス分けは成績順です

第20話 そうです。実は俺、頭良かったんです



ゴールデンウィークも終わり、一学期も半ばを過ぎようとする頃。

俺たち有明高校――略して有高ありこうの一年生にとって、初めての中間テストが行われた。



 ◇ ◆ ◇



 その日、授業が終わった放課後。


「脩……。お前……」


 …………頭、良かったんだなあ…………。


 俺の隣で掲示板を見上げながら感心するようにそう言ったのは谷だ。

 そして、その反対側の俺の隣には瑠偉がいる。

 そんな俺たちが今、一体何を見ているのか――。


 廊下に貼られた【有明高校1年生中間テスト上位成績者】と書かれた順位表。

 そこに記載された――4位、如月脩、という名前。

 張り出されているのは教科ごとの順位ではなく総合順位だ。

 つまり中間テストにおける俺の成績は、学年4位だったということになる。


 ――さて。

 ここまで俺たち――というか俺のあれこれを見ていたのであれば、きっと俺のことは、アホか馬鹿だと思われていたことだろう。

 ちょっと何かあるとすぐ過度な妄想に走る、痛い童貞男だと。

 いやいや、わかってる。

 俺だって、決して今までのムーブに知性が見えたかと問われるとそんなことはなかったと答えるし、主に下世話な妄想が目立っていた自覚はある。


 だけど――、言わせてほしい。

 豊かな妄想力があるということはすなわち、それだけの想像力があるということだ。

 そして――、想像力があるということはあらゆる可能性を想定した動きがとれるということであり、かつイレギュラーな案件にも臨機応変に対応する能力に長けているということである。俺・論。


 このことからつまり、俺が何をいいたいかというとだ――。

 まあ、単に地頭がいいんですねってだけのことだ。うん。

 自分で言うなよって話だけどな。


 でもまあ――、正直こんなに、いい成績出すつもりなかったんだよなあ……。

 この学校、成績が掲示板に張り出されるなんて知らなかったし。

 知ってたらもうちょっと目立たない成績にしてたよ……。

 これでも割と抑えめに解答したほうだったのに……。


「俺……、お前はこっち側の人間だと思ってたのによ……」


 そう言ってくるのは谷だ。


「そうは言うけどな谷。そもそもこの学校に入れる時点で相当優秀だと思うぞ」

「そうかもだけどさぁ。でもお前、その中で4位て」


 そうしたらお前、相当優秀な中のさらに優秀な奴だろうよ……、と谷がジト目で睨んでくる。


「あ〜あ……。これじゃあ俺、来年は脩と同じクラスは無理だわ……」


 どこか諦めるように『はあ……』とため息をつく谷に、俺も『……そうなんだよなあ』と思う。


 そう、そうなのだ。

 この学校、入学した最初の一年目こそランダムにクラス分けされるのだが、二年に進級する際には成績順にクラス分けがされるようになっている。

 Aクラスが学年トップ35人で構成されるクラス。そこからBクラスCクラスと成績順にクラス分けされていくのだ。


(あんまり成績良すぎて目立つのも嫌だけど。親の面子を考えるとそこそこの成績は出しておかないとなあ……)


 なんだかなあとは常々思っているのだが、我が如月家の親族は選民意識の強い人間が多い。

 具体的に言うと、成績がいいやつは勝者、悪いやつは敗者と見做されるのだ。

 その中でも、うちの両親はあまりそういうことを気にする方でもないのだが、それでも親族が集まる場所に行くと、やれどこそこの次男はどこどこ大学に受かっただの、誰々ちゃんは何々高校に入って優秀ねえだの、親族同士の醜いマウント合戦が繰り広げられる。


 やだよね、ほんと。

 成績でしか人を評価できない人間。

 確かに成績は人を評価するひとつのバロメーターであることは否定しないけど。

 だからと言って、それひとつがダメだからってその人の全部を否定するとか、ねえ?


 ああ、やだやだ。

 久しぶりに成績とか現実を目の当たりにしたら、考えたくないことについ思いを馳せてしまった。


 こんな時は――、瑠偉を見て癒しでも得よう。

 そう思って、俺が瑠偉の方に目をやると――。


 …………ん?


 なんでそんな、表情曇らせてんの?

 あ、目が合った。


「脩……」


 いつの間にか俺の制服の裾を掴んでいた瑠偉は、掴んだその裾を不安げにきゅっと握り締めると、ぽすっと俺にくっついてきた。


 え…………?


「どうした、瑠偉?」


 なんでこんなにナイーブな状態になってんだこいつ?

 返事がない瑠偉に、俺が「おい……」と言いながら肩をさするが反応がない。

 あっ、やばい。

 周囲が俺たちの状況に気付いてざわつき始めてきた。


『どうした〜?』『体調不良か〜?』なんて言われながら、こちらを気に掛ける声が耳に入ってくると、これ以上ここにいるのはよくないと思ってこの場を離れることにした。


「谷。ちょっと瑠偉が気分悪いみたいだから、部屋に連れてってくるな」

「おお。瑠偉、大丈夫か?」

「多分、ちょっと休ませたら良くなると思うし」


 そう言って谷に断りを入れて掲示板の前から離れた俺たちは、ひとまず自分達の寮部屋に戻ることにした。



 ◇



「おい、瑠偉大丈夫か?」

「うん……」

「……気分が悪いなら横になるか?」

「ううん、大丈夫」


 とりあえずベッドに座らせた瑠偉に俺が尋ねると、瑠偉からそう答えられる。

 …………どうしたんだろう?

 授業中は普通に元気そうにしていたんだけどな。

 どうしてやったらこいつが楽になるんだろうと、俺が落ち着かない気持ちで瑠偉の前に屈んで手を握っていると、ふいに目の前の瑠偉から、「あのね……」と言われた。


「あのね、脩。お願いがあるんだけど……」

「……なんだ?」


 答える俺に、瑠偉はすがるような眼差しで見つめてくる。


「……少しだけ。一瞬でいいから……、ぎゅってハグしてほしいな……」


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