第17話 ん? 一緒のハンドクリーム使って同じ匂いさせよってどゆこと?



「一緒のハンドクリーム使って、同じ匂いさせよ?」


 ……いっしょのはんどくりーむつかって、おなじにおいさせよ……?


「……だめ?」


 そう言って小首を傾げて不安げに見上げてくる瑠偉に、俺はこいつを不安にさせたら悪いと思って慌てて取り繕う。


「いや、ダメっていうか……。どうしてそういう発想になるのかわからなくて驚いただけで……」

「……だって、自分の手の匂いを嗅いで脩と同じ匂いがしたら、脩がいつも一緒にいるみたいな気持ちになるし……」


 ずきゅんっ。


 その瞬間――、俺の心臓が撃ち抜かれた音がした。


 は――? なん――? それ。

 可愛すぎんか?

 自分の手の匂いを嗅いで俺と同じ匂いがしたら、俺と一緒にいるみたいな気持ちになる?

 魔性?

 魔性の女かな?

 いや今は男子のフリしてるけど。


 可愛すぎるやろ!!

 あと想像してまうやろ!!

 瑠偉が自分の手の匂いをすんすんと嗅いで、


『あっ……、脩……』


 とか言いながら、一人でベッドの上でイカガワシイこととかしちゃう姿を!

 妄想ですけど!


『んっ…………っ、はぁ…………』


 自らの手の匂いを嗅ぎ、気持ちよさそうに切ない顔をしながら、もぞもぞと太ももを擦り合わせて行為に耽る瑠偉。

 でもって、その時に思い浮かべてるのは……、俺?


 ……………………。

 最高か…………?

 いや……! いやいやいや……!

 いやダメだろ妄想でもそんなこと考えちゃあ!


「それに脩にも、同じ匂いで僕のことを思い出してもらえたら、嬉しいし……」


 ……はい、ダウト。

 ダウトです!

 なんでそんな可愛いことばかり立て続けに言うかなあ!?

 しかもそんなこと言われたら、俺だって手の匂いを嗅いだ時にお前のこと確実に思い出すわ!

 思い出してさっきの妄想とかもつられて思い出しそうだわ!

 怖い……!!

 所構わず妄想が逞しくなっていく自分が怖い!!!!


 ……しかし。しかしだ。

 幼馴染でルームメイトでもある相手が、どおぉぉぉぉぉぉぉぉしても俺とお揃いで同じ匂いのハンドクリームをつけたいと言うのであれば。

 応えてやるのが、男気ってやつじゃないか?


 沸いた頭を落ち着かせようと、クールダウンさせて冷静に考える。


 ……うん。そうだ。

 これはあくまでも、日頃世話になっている幼馴染への恩返しであり、その可愛らしいお願いを聞いてやるってだけのことだ。

 決して、私欲や我欲などそこには差し挟まれてなんかいない。

 うん。そうだそうだ。間違いない。


「……まあ、お前がどうしてもって言うなら、俺は別にいいけど……」

「ほんと……!?」


 くっ……!

 あからさまに嬉しそうな顔をして食いついてくる瑠偉に、またしてもずきゅんと胸を打たれる。

 やめろ……!

 おまえ、そんな可愛い顔で俺を惑わせるなよ……!


「……と、とりあえず、お前が良さげだと思うやつピックアップしてくれ。俺、ハンドクリームとかよくわからんし」

「うん、もちろん」


 内心のときめきをぎゅっと押し殺しながらそう言うと、瑠偉は「えっと……」と言いながらハンドクリームの棚を物色する。


「……これとかどうだろ」


 そう言うと瑠偉は、試供品のハンドクリームの蓋を開け、クンクンと匂いを嗅いだ後、そのクリームを俺の手に、あまりにも自然な流れでぺちょっと少量だけ付けた。


「……………………」

「うん、悪くないかも」


 すりすりと、俺の手に付けたクリームを馴染ませるように擦り付けた瑠偉が、またしてもナチュラルに俺の手の匂いを嗅いでそう呟く。

 正確には――、俺の手に付けたハンドクリームの匂いを、だが。


 ……………………。

 こいつ、しれーっと俺の手の匂い嗅ぐじゃん……。

 しかもなんか、鼻先ちょっと当たってるし。

 なんなら、唇の先もちょっと触れた気がする。


「脩も自分で確認してみてよ」

「お、おう……」


 瑠偉に言われて、俺も瑠偉が俺の手の甲に塗り広げたハンドクリームの匂いを嗅ぐ。

 …………この辺り、さっき唇が当たったよな…………?


「どう? 脩」


 俺が妙な気持ちになりながらふんふんと自分の手の甲の匂いを嗅いでいると、瑠偉がそう尋ねてくる。


「……うん、まあ、俺も悪くないと思うが」

「だよね。じゃあこれ、候補に入れておこう」


 …………えっと。

 これ、まだ続くんですね?

 今やったことと、同じような流れが?


 案の定――というか予想通りというか。

 その後も、同じように瑠偉が選んだハンドクリームを俺の手につけて瑠偉が匂いを嗅ぎ、俺も確認するという流れが続いた。


 時には瑠偉が自分の手につけたハンドクリームの匂いも嗅がされたりして、俺はその度に『瑠偉のこの柔らかそうな手の甲にうっかり俺の唇とか当たったらこいつはどんな反応を返すんだろうな?』とか、そんなどうしようもない妄想と戦ったりしていたのだった。


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