リナリアの恋~美月と陽(はる)の場合~
りな
第1話 出会いの春
春は別れと出会いの季節。
4月1日、朝の入職者辞令式を終えて、新しいメンバーを迎えたばかりの医局は、緊張とざわめきが交わり、どこか浮足立った雰囲気を醸し出していた。
地域の中核病院であるくらかど中央病院の消化器内科医長・佐倉美月(さくら・みづき)は、その騒々しさに不機嫌そうに顔をしかめた。
(この雰囲気、どうも苦手なのよね。こういう時はミスも多くなるし)
美月がこの病院に医長として派遣されて、もう7年目になる。上司である消化器内科部長・高泉芳樹(たかいずみ・よしき)とは、15歳ほど年齢が離れている。彼は、随分とマイペースな性格で、すでに一線からは退いており、消化器内科の実質的なマネージメント業務は美月が代行している。
「今日からここの消化器内科の医員になります、朝倉陽(あさくら・はる)です。よろしくお願いします」
外来まで時間がないので、そろそろ新入職員を探しに行こうと重い腰を上げた美月の目の前に、大学から新しく派遣されてきた医員の朝倉が急に現れた。細身の長身で、甘い顔立ちに軽い笑みを浮かべながら、ひょいと頭を下げたその男に、美月は反射的に眉をひそめてしまう。
(軽そう。こういうタイプ、一番苦手)
上司という立場上、表情には出さなかったが、彼の口調も態度も、この真面目な職場にはどこか場違いに思えた。
医療は命を扱う仕事。ノリの良さより、真摯さが求められる。
ましてや、ここは地域住民の命を救う最後の砦だ。
内科病棟に案内して彼を紹介した際の、看護師たちの黄色い歓声をよそに、美月はそっとため息をついた。
(今年も、また、苦労しそう)
かどくら中央病院があるかどくら市は、人口20万人ほどの地方都市で、大学病院のある政令指定都市からは電車で40分ほどの距離にある。
ほどよく田舎で、他大学の派閥が強いこともあり、ここに派遣されるのは、どこかしら“訳あり”の医師が多い。
(まあ、育てがいがあるということで)
もう7年もここでやっていると、そんな事情にも慣れてくる。
簡単にオリエンテーションを済ませると、美月はさっと踵を返し、外来に向かった。
しかし——
彼の第一印象は、思いのほか早く、揺らぎ始めた。
軽そうな見た目とは裏腹に、カルテの記録は丁寧で、どの患者にも時間をかけて耳を傾ける。
上級医の指示には一言一句を逃さず、夜遅くまで残って勉強している姿を、美月は何度も目にした。
(思っていたより、ずっと……まじめ)
「優しい」「若いのにちゃんとしてる」——
同僚の医師はもとより、病院の看護師やコメディカルの間でも、朝倉の評判は上々だった。
ある日、美月が記録の細かいミスを指摘したときも、彼は真剣なまなざしで頭を下げた。
「ご指摘ありがとうございます。僕、大学院の講義を受けたときから、佐倉先生に憧れていたんです。今はまだ未熟ですが、少しずつ成長したいです」
その瞳に、嘘はなかった。
(大学院か……一応彼も博士号を持っていたのよね。最近は派遣医の履歴に興味もなくて、すっかり忘れてたわ。大学って、好きじゃないし)
「そう。頑張りなさい」
「はい」
(……なぜ、そんなちゃんとした経歴の医師が、ここに派遣されてきたのかしら)
ふとよぎった疑問を、過去の記憶が呼び起こされそうで、美月はそっと蓋をした。
口角を持ち上げて、微笑む。
(彼がどういう理由でここに来たとしても、私は彼の“実力”だけを見て評価する。そう決めているのだから)
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