1-2 ようこそオイクメネ
歓迎会は圧迫面接で
その昔、大地は命で満ち溢れていたという。
千年の平和の下で、神に愛される場所が出来上がっていたそうだ。
四季折々の楽しみが幾重にも折り重なる、豊かな文化と自然が両立した、楽園と呼ぶに相応しい場所だったと。
しかし神に愛されながらも、その寵愛を裏切ったやつがいたらしい。
それが
そんな風に化け物が跋扈するようになって、あちらこちらで戦いが起きるようになって、神々に見放されてしまったらしい。
それでも物好きはいるもので、1柱の女神が諦められなかったという。どうしようもなくこの大地を愛していた彼女は、自分の命を犠牲にして、三つの奇跡を生み出した。
まず一つに、
その結果、奈落があちこちに生まれ、大地は大きく隔てられた。奈落に
しかし当然のことながら、大地はバラバラになってしまい、世界は終焉を迎える直前だった。
その時、彼女の遺体から一本の樹が芽生えた。それが二つ目の奇跡だ。
その樹はこの大地全体に根付き、今にも崩れゆくこの地を固定した。まるで女神の願いに応えるように、この樹を中心にした自然、生態系が育まれていった。
しかしこのままではまた過ちを繰り返す可能性がある。
最後の奇跡として、それを止めるための存在が生まれた。
女神に与えられた理性を持つ存在。それは決して人間などではない。
彼らは『ミメシス』と呼ばれる。
それ以外に、生きる意義はない。
以上が、俺が今いる場所、「オイクメネ」の神話だ。
人間じゃなくても、世界ができた理由は欲しいらしい。
要するに。
この世界に生きる人間そっくりの生き物は、人間じゃない。
そいつらは
そして、それは俺も例外じゃない。
その事実を認識した俺は、自分の吐瀉物に顔を突っ込んで気絶していたらしい。
なんて無様な!
その後ベッドに運ばれた気はするんだ。安静にしているように、ユキに助けられたはずだ。
だが俺は今、謎の圧迫面接を受けていた。
「いい加減に吐いたらどうなのよ、ねえ!」
何度も机を叩きながら俺を脅そうとしてくる。どんなパワハラ面接官でも今時こんなことしないだろう。
何より効果が薄い。顔が美人すぎる。
ユキに負けず劣らず、しかし対照的な顔立ちで、輪郭は細く、鼻が高かった。
切れ長の目は、鋭い視線を送りつつも、全く美貌を損なっていない。
何より胸の膨らみに目がいってしまう。トレンチコート越しでも大きさが分かってしまうぐらい、曲線が形作られている。
「どこ見てるのよ、このボケ!」
とうとう手が出た。俺の額に掌底が飛んできた。
女の子の割には、かなり荒れた手だったように思う。何より勢いがあって痛かった。
どうしてこんなことに?
朱色の前髪を二つに分けた彼女が入ってくると、いきなりこの世界の成り立ちを語ってきた。
ミメシスとクセノスの対立構造、あの大樹の真相、そして神の存在。
俺はただ茫然とするしかなかった。
「私の名前は夢野ハル。
手早く自己紹介を済ませたのち、俺が今置かれている現状を説明した。
「あなたは今、非常に危うい立場に置かれている。火炙りになるかどうか、ここで決まるの」
その単語だけで何が待っているのか俺は難なく想像できた。
尋常でない痛みを伴いながら死ぬだけではない。
その死の先に、復活が待っていないこと。
しかし同時に、再び思い知らされる。
俺が人間でないこと。ハルも、人間じゃないこと。
そういえば、気絶してから彼女の夢を見ていない。
彼女の幻影を追うことも許されないというのか。
「事情は一応ユキ様から全て聞いている。この世界のことが何一つ分かっていないと言うことも」
だからこそあの神話も語った、と付け加える。
ユキ様、と全く自然な調子で言ってのけている。明確で形式ばった上下関係があるようだ。
「それでも、敢えて聞く」
唐突にハルは身を乗り出して、俺に迫ってきた。
両手を机に打ち付けて、視線を殺気立てながら。
「あなた、何がしたいの」
俺は当然、そんなことを聞かれてもわからないと答えるしかない。
しかしそんなことを言っても尋問が続くだけなのは分かってる。
最悪エスカレートして、苦痛を伴うようになるかもしれない。
「もとの世界に帰りたいっス」
口走ったこの一文が、俺の願望を最も端的に言い表せているだろう。
俺はとにかく、どちらの世界が夢で、どちらの世界が現実なのかはっきりつけたい。
そして願うならば、俺は人間でありたい。
「もとの世界がどうとか、それはどうでもいい」
全くハルは引き下がることなく、俺に迫ってくる。
よく見ると瞳の色が左右で違う。右目だけ黄色になっている。
だけど橙の瞳とは、当然ながら違和感を作ることはなかった。
「私たちにとってあなたは有益なのか、それとも有害なのかを聞いているの!」
いやそんなことを聞かれても。
俺は有益ですよ、と答えるしかないだろう。
命は惜しい。それにあんな痛み、二度と味わいたくない。
「もしあなたが有益と言うのなら」
ハルは一息吸い込み、気を取り直した。
「
それから、俺は全く答えることができずにこの調子だ。
当然そんな厨二病ネームなんか、聞いたことがない。
どうも組織が一丸になって探している極悪集団らしいが。
知らない情報は、答えられない。
誰か俺の脳内を可視化してくれ。俺の身の潔白を証明してくれ。
「全く訓練されていない状態で
そりゃ確かに蛾が密集していたのとかは気持ち悪かったけど。
あのネッシーもどきも、気が滅入るぐらい恐ろしかったけど。
気絶までいくほどか?
「そもそも夜の環境下に置かれて全く無事なのもおかしい。精神を侵されていないのはありえない」
これも同じく、ある種の訓練を終えないと気が狂ってしまうんだそう。
確かに、リアルな彼女の幻影を見た。自分が眠っていたと気づかないほど、自然に。
完全に狂っていないとはいえない。
それを主張してもなお、おかしいと言い続けていた。
「何より、あなたは黒い沼を見たことがある。しかも引き摺り込まれている」
あの黒い沼こそ、最も強力な証拠だと言い張っている。
その集団と接触した者は全員それを見たことがあると。
ユキ、教えておいてくれよ。
こんなにキツい状況になるなら、あらかじめ教えてくれよ。
「証拠は出揃っているの。あなたは逃げられない。大人しく楽になりなさい」
嘘の情報をテキトーに言って、さっさとここから逃げてしまおうか。
そうも思った。
だけど、ここから離れたら元の世界に帰るための手立てを完全に失ってしまう気がする。
何よりユキに二度と会えなくなる。
それだけで立ち向かうには十分すぎる。
「俺は本当に何も知らない。さっさとユキに会わせてくれ!」
俺がそう口走ってしまったのが、いけなかった。
彼女の中の何かのトリガーを引いてしまったようだ。
いきなり襟元を掴まれ、机の上に引き上げられてしまう。なんて力だ。
「敬称をつけろ、馬鹿野郎。お前、ユキ様にとっての、何なんだよ」
顔が血走っている。
別に会わせてくれって言っただけだろう。
何か、思っていることがあったらしい。
そういえばユキは言っていた。
『まともな仲間はひとりもいない』と。
だけど目の前の彼女は、仮にもユキの秘書だ。直属の部下だ。
全く仲間だと認められていないということだろうか。
少しずつ背筋から、哀れみが這い寄ってきた。
「ひとりで置いてかれた時の私の気持ち、一生わからないでしょうね」
きっとハルも、ユキの内心について薄々勘付いていたはずだ。
早くひとりになりたい。ひとりで死にたい。ずっとそう思い続けている、彼女の内心を。
でも、俺はこういう奴には言いたいことがある。
「だったらお前は何がしてやれたんだよ、ユキに」
「はあ!?」
「俺は命をかけた。知り合って数時間も経たないあいつに、俺は命をかけれた」
俺は最強のカードを引いたと思っていた。
このまま口答えできず、ハルは萎れていくものだと思っていた。
そんな彼女に寄り添ってあげようともしたかもしれない。
しかし、彼女は一歩も退くことはなかった。
「身を挺して守るなんざいくらでも出来る! 私だって何十回とやった」
鬼気迫る彼女の表情は、どこか虚しかった。
それはハルが心のどこかに矛盾を抱えているか、または、果てしない絶望を抱えているかのどちらかだ。
「この世界で一番難しいのは、誰かの心を変えること!」
ハルはそう言い放って、俺を放り投げた。
壁の硬さをこれほど恨んだことはない。自分の体が押し込められていく感覚。
痛い。
「何を犠牲にすれば、彼女たちの心を変えられる? どう思う、リクト」
ハルはそう呟きながら、また俺を殴ろうと近づいてくる。
この世界ではおそらく、いくらでも復活できる。だからこそまずい。
遠慮なく死ぬまで嬲られ続ける!
「あなたの考えは甘い」
しかしハルはそう言ったあと、何もしてこなかった。
「……私も、ね」
そういえば『彼女たち』ってなんだ。
ハルの頭の中には、ユキ以外にも心を病んだやつがいるらしい。
頭を悩ませたハルは、ものすごく寂しい目をしていた。
「あなたの話は聞いているよ。とても勇敢だったと思う」
ハルはいつの間にやら敵対の意思を無くしていた。
自分の中で思考の整理がついたからだろうか。
「でもユキ様が心変わりをしたわけじゃない。それは分かっているでしょう?」
むしろ、ユキの傷は深さを増した。
彼女が自分の優しさに気づくということは、彼女自身のトラウマを呼び起こすということでもある。
それを治してあげることこそ本当の優しさだと、ハルは言いたいらしい。
全くもってその通りだと思う。
「……リクト、あなたが何であれ、仲間だと認めるよ」
哀れみを向けられていたのは俺の方だったみたいだ。
差し向けられた手をとり、俺は立ち上がる。
「余計な真似はしないこと。いいわね」
「もちろん」
その手は離れることなく、そのまま握手へとつながった。
これからよろしく、と言おうと思った。
だが、その瞬間。
俺の手が爆散した。
「だけどその顔、気に入らない」
とんでもない力で握り込まれたせいで、手の感覚がなくなった。
俺が手をぷらぷらと揺らすなどしている間に、ハルは俺を嘲るような顔をして、部屋から出ていった。
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