第三章 心の調べ

歌詞が完成してから、今度は作曲に取りかかった。メロディーを考え、ハーモニーを組み立て、紗月の声に合うキーを探す。毎日放課後の音楽室で、私たちは試行錯誤を繰り返した。

そうして二ヶ月が過ぎた頃、ついに曲が完全に完成した。私たちだけのオリジナル楽曲。これから練習を始めようと思っていた矢先、夏休みが始まってしまった。

昨日から夏休みに入ったため、紗月と連絡が取れずにいた。携帯の番号も聞いていなかったし、どうやって連絡を取ればいいか分からない。完成した曲のことを早く伝えたいのに、もどかしい気持ちでいた。

そのとき、外から大きな声が聞こえた。

「希砂ー!」

慌てて窓を開けて下を見ると、そこには紗月が立っていた。汗をかいて、少し息を切らしている。

「どうして家が分かったの?」

私が驚いて声をかけると、紗月は笑顔で答えた。

「幼稚園の頃からの友達に聞いたの!希砂の家はこの辺りだって」

私は急いで玄関に向かい、紗月を家の中に招き入れた。母は買い物に出かけていて、家には私一人だった。

「完成した曲、聞いてもらえる?」

リビングにあるピアノの前に座り、完成したばかりの楽曲を演奏した。紗月は集中して聞いてくれている。演奏が終わると、彼女の目が輝いていた。

「すごいじゃない!これはいい曲よ。希砂、一緒にユニットを組まない?」

突然の提案に、私は驚いた。でも、嬉しかった。紗月と一緒に音楽活動ができるなんて、想像もしていなかった。

「いいよ」

私の返事を聞いて、紗月は飛び跳ねて喜んだ。

「やった!文化祭まであと四ヶ月。頑張ろう!」

翌日から、私たちはユニット名を考え始めた。二人で色々なアイデアを出し合ったが、なかなかしっくりくる名前が浮かばない。

「何かいい名前ないかな」

悩んでいるうちに、私はあることを思い出した。初めて音楽室で出会った日のこと、一緒に過ごした日々のこと、そしてこの楽曲を作り上げるまでの時間のこと。

「あ、これはどうかな」

私が思い出したあの言葉を提案すると、紗月の顔が明るくなった。

「それ、すてき!それで決まりね」

私たちのユニット名が決まった。

夏休みに入ってからは、紗月が毎朝家に来てくれるようになった。朝九時頃にチャイムが鳴ると、決まって紗月の明るい声が聞こえてくる。母も紗月のことを気に入って、いつも温かく迎えてくれた。

「今日も頑張りましょう」

そう言って練習を始める紗月との時間は、私にとってかけがえのないものになった。歌詞の細かい部分を調整し、メロディーに磨きをかけ、二人の息を合わせる練習を繰り返した。

夏休みの中盤には、二人で地元の花火大会にも行った。浴衣を着た紗月は普段とは違った美しさがあり、私は少しドキドキしながら一緒に歩いた。夜空に咲く大輪の花火を見上げながら、紗月が嬉しそうに手を叩く姿を見て、この夏がずっと続けばいいのにと思った。

ただ、私にはずっと謎めいて気になっていることが一つだけあった。紗月はなぜあの日、音楽室に来たのだろうか。歌手として活動している彼女が、なぜ学校の音楽室に?その疑問は頭の片隅にいつもあった。

だが今は、そんなことを考えるより練習だ。文化祭まで残り少ない時間を、私たちは練習に明け暮れていた。紗月の歌声と私のピアノが重なり合うとき、何か特別なものが生まれる気がした。

そして長かった夏休みも終わり、二学期が始まった。一学期とは全く違い、私は今では普通にクラスに馴染めるようになりつつあった。紗月のおかげで、クラスメイトたちとも自然に話せるようになっていた。

文化祭まで残り二ヶ月半。私たちはもう満足のいく合わせができるようになっていたため、練習の頻度を少し減らした。その代わり、空いた日には紗月と一緒にゲームセンターに行ったり、街を散策したりして遊んだ。一緒に過ごす時間が増えるにつれ、私は紗月への気持ちが友情を超えていることに気づき始めていた。

そしてついに、待ちに待った文化祭前日がやってきた。体育館のステージで最後の打ち合わせをし、心を震わせながら最後の予行練習に臨んだ。

「明日は本番ね」

紗月が振り返って微笑んだ。私は大きく頷いた。

「ありがとう、紗月。あなたがいなかったら、私はここに立っていることもできなかった」

「私こそ、希砂と出会えて本当によかった」

二人で作り上げた楽曲が、明日たくさんの人の前で披露される。私たちの心の調べが、きっと多くの人に届くはずだった。

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