第42話 バルグラ男爵

 その日、オレが買い物をしている頃。


 ◆ ◆ ◆


 男爵の城では、重厚な石造りの広間に緊張が漂っていた。バルグラ男爵は玉座に腰掛け、執政官から報告を受けていた。


「男爵様、魔物たちは全て都市から去っていきました。スタンピードを防ぐことが出来ました」


 執政官の声は安堵を含んでいたが、男爵の鋭い眼差しに射抜かれ、すぐに言葉を濁す。


「それは良かったが、何故、魔物たちは突然退却を始めたんだ?」


 男爵の声は低く、石壁に反響して広間を震わせる。執政官は困った顔をして答える。


「わかりませんが、この鉱山都市の城壁と兵士たちの働きによるものかと思います」


 バルグラ男爵は眉間に深い皺を刻み、執政官を睨みつける。その視線に耐えきれず、執政官は冷や汗を流し、言葉を失っていた。


(確かに、城壁はよく持ってくれた。兵士たちは、城壁を超えてきた魔物を何とか食い止めていた。だが、それだけだ。魔物が退却する理由が無い⋯⋯)


 重苦しい沈黙を破るように、別の執政官が新たな課題を提起する。


「男爵様、―――イザリオ様の葬儀は如何しましょうか?」


 バルグラ男爵は「葬儀か⋯⋯」と呟き、深く考え込む。


(イザリオは、馬鹿な息子だった。女癖が悪く、短気で怒りっぽい。公爵の娘との結婚が失敗したことで、イザリオは後継者にはしないと決めていた。だが、息子には違いない)


 男爵の瞳には、父としての複雑な感情が一瞬だけ揺らめいた。


「執政官、最後にイザリオと一緒にいた妾はなんと言っていた?」


「はい、魔物に殺されたようですが、部屋に賊が侵入してイザリオ様をベランダに追いやったと言っておりました」


「賊か!イザリオには敵が多い。特に鉱山では多くの奴隷が死んだと聞いている。心当たりは無いのか?」


 執政官は少し考え、声を低めて答える。


「鉱山での奴隷の暴動で、多くの兵が“破滅の魔術師”と言う者に殺されました。『その破滅の魔術師の女がイザリオ様に殺された』との噂があります」


「破滅の魔術師か⋯⋯大層な通り名だな⋯⋯」


 バルグラ男爵の声には怒りと決意が混じる。


「その破滅の魔術師、必ず捕まえるか、殺せ!息子の敵を見過ごすわけにはいかない!」


 執政官は「は!」と声を張り上げ、慌ただしく去って行った。


 バルグラ男爵は一人残され、重苦しい空気の中で呟く。


(馬鹿な息子だった⋯)


 ―――翌朝。


 まだ朝靄の残る城内に、昨日の執政官が血相を変えて駆け込んできた。


「男爵様、大変です!破滅の魔術師がこの鉱山都市にいるかも知れません!」


 バルグラ男爵は目を見開き、玉座から身を乗り出す。


「どういう事だ!」


「街の噂では、スタンピードを止めたのはスタンピードマスターを倒した一人の冒険者とのことです!その冒険者の魔法が鉱山で使われた破滅の魔術師の魔法と同じではないかと言われております!」


 男爵は深く頷き、声を張り上げる。


「ギルドマスターを至急呼んで来い!」


 ―――数時間後。


 ギルドマスターが広間に跪き、恭しく頭を垂れる。


「男爵様、どのようなご用でしょうか?」


「スタンピードマスターを倒したと言う冒険者について聞いた。どんな奴だ⋯⋯」


 ギルドマスターは顔を輝かせ、誇らしげに語り始める。


「はい。凄い方です。ハンドレッド等級の冒険者で、一人でフロアマスターを討伐し、スタンピードが起こるとスタンピードマスターの存在を察知して、そのスタンピードマスターも討伐してしまいました。この街の英雄です!」


 その熱を帯びた言葉とは対照的に、バルグラ男爵は冷静に問いかける。


「名前は何と言う?」


 ギルドマスターは胸を張り、はっきりと答える。


「カズーさんです!」


 その名を聞いた瞬間、バルグラ男爵の脳裏に過去の記憶が蘇る。そして、懐から1枚の子爵の身分証を取り出して眺める。


(公爵が探している新しい子爵。鉱山で会った奴隷が自分を子爵と言っていたこと。そして、その時、イザリオと揉めていたこと。名前はカズーだ!)


 男爵の顔に怒りが走り、声が広間を震わせた。


「馬鹿者が!そいつは、英雄なんかじゃない!イザリオを殺した賊だ!」


 ◆ ◆ ◆


 そしてオレは学ぶ。


〈知らない所でも物語は進む〉


 と言うことを。

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