第41話 買い物

 ◆ ◆ ◆


 スタンピードマスターとの激闘から一夜明けた。

 今日は、買い物のために内郭街へ足を運んでいる。


 戦いでポーションと爆裂玉を大量に使ってしまった。補給が第一の目的だが、ついでに掘り出し物でも見つかれば儲けものだ。


 街を見渡すと、スタンピードの影響は思ったよりも軽微だった。

 内郭街は、ほとんど被害を受けていない。オレが見たのは、押し寄せた魔物の圧力で崩れた外壁くらいのものだ。

(スタンピードマスターを討伐できて良かった)

オレは、自分が達成した事に満足した。


 まずは武具店に向かう。

 立派な看板を掲げたその店は、通りでもひときわ目立っていた。客の出入りも多く、繁盛しているようだ。


 扉を押し開けると、カラン、と心地よい音が鳴る。

 店内は広く、整然とした並びで武具や金物が陳列されていた。武器だけではなく、鍋、釜、農具、そして大小さまざまなハンマーまでもが並んでいる。


「まぁ、オレには【エバキュエーションキット】がある。日用品は要らないな」


 そう呟きつつ、奥の武具コーナーへと向かう。

 短剣、鉄の剣、槍……。種類も豊富だ。


 ふと、ひときわ存在感を放つ影に目を奪われた。

 ――大剣。


 太く、重厚な刃。見る者を圧倒するその姿に、思わず手を伸ばす。

 手に取ってみると――重い。だが、振れないほどではない。


(……悪くない。今のオレの力なら何とかなるか)

ゲームシステムでレベルアップしたお陰か、オレの力は上がっている。


 次に目に留まったのは、盾のコーナーだった。

 鉄の盾の横には、一際巨大な“大盾”が鎮座している。オレの身長と同じサイズだ。


 試しに持ち上げてみる。


「くぅ……!」


 全身の筋肉が軋む。だが、どうにか持ち上げた。

 重い。だが――カッコいい。


(戦士のジョブを持つオレなら、いつか必要になるはずだ。上級職の可能性もあるし……)


 決意を込めて、店員に声をかける。


「この大盾と大剣を下さい」


 店員は一瞬、驚いた表情を浮かべたが、すぐに笑顔で答えた。

「ありがとうございます。金貨2枚になります」


 金貨2枚を支払い、店を出る。

 すぐさま大剣と大盾をアイテムボックスに収納した。


(いずれ必要になる日が来ると信じよう。……頼むから、アイテムボックスの肥やしにはなるなよ)


 次に向かうのはアイテム店。

 目的はもちろん、ポーションと爆裂玉の補充だ。

 だが、他に面白いものがあれば、惜しまず買うつもりでいる。


 店構えは武具店と同じく立派だ。

 さすが鉱山都市、景気がいい。


 店内に足を踏み入れると、香草と金属が混ざったような独特の匂いが鼻をくすぐる。

 棚には、ポーション類だけでなく、指輪や首飾り、腕輪などの装飾品も美しく並んでいる。

 どれも宝石があしらわれ、値段も相応に高そうだ。


(装飾品は興味ないな。……魔法効果でも付いていれば別だけど)


 目的を思い出し、店員に声をかける。

「ポーションと爆裂玉はありますか?」


「はい。ハイポーションも取り揃えております」


 (丁寧な応対だ)

 ならばと、オレは注文を出す。


「ハイポーション、ポーション、爆裂玉を――それぞれ100個ずつ下さい」


 店員の目が一瞬、丸くなる。

 だが、すぐに落ち着いた口調で返してきた。

「畏まりました。少々お待ちください」


 しばらくして、木箱に詰められた商品がずらりと並ぶ。

「全部で金貨32枚になります」


(高い……が、命には代えられない)


 支払いを済ませ、アイテムをボックスに収納する。

 そして、心の中で決意する。


(やはり、プリーストのジョブは早めに手に入れたい。エルミナ様が王都で神様から授かったという、あの力を――)


店員は、金貨32枚を受け取ると、代わりにオレに小さな木箱を渡してくれた。

「ありがとうございます。こちらは試供品の【解毒薬】です。特別なお客様だけにお譲りしております。どうぞ」


(【解毒薬】があるのか!オレは以前、麻痺毒で殺されかけた⋯⋯)


「ありがとうございます。この【解毒薬】は麻痺毒にも効きますか?」


店員は、「はい」と答えると、オレは店員に詰め寄る。

「この【解毒薬】を売ってくれませんか?」


だが、店員は、申し訳なさそうに答える。

「すみません、在庫が無くて、こちらが最後になります」


(残念⋯⋯だが、1個は手に入った)


 店を出て、宿に戻ろうとした、その時だった。

 隣に、見慣れない店が目に入る。

 ショーウィンドウには、光を反射する鉱石の数々。


(……鉱石か。装飾品は興味ないが、鉱石は別だ)


 興味をそそられ、足を踏み入れる。

 店内には、青、緑、紫と、様々な色の鉱石が整然と並んでいた。

 金鉱石こそ無いが、その輝きには圧倒される。


「お客様、鉱石にご興味がおありですか?」


 背後から声がかかった。

 振り返ると、年若い女性の店主が嬉しそうに微笑んでいた。


「はい。加工された宝飾品には興味ありませんが……未加工の鉱石には惹かれます。唯一無二の輝きがあると思うんです」


 オレの言葉に、店主の目が輝いた。


「そうなんですよ! お客様、分かってらっしゃる! 美しさもありますが、実用的なものもあるんです。……特に、これなんか!」


 興奮気味に店の奥へと駆けていき、彼女が戻ってきた時、手にしていたのは――


 鏡のように輝く、大きな鉱石。


「こちらは【ミスリル鉱石】です!」


「……ファンタジーの定番金属、ミスリル!?」


 思わず声が出る。

 まさか、実物を見る日が来るとは。


 ミスリル鉱石は、銀よりも白く、光を受けて煌めく。

 まるで、水面を閉じ込めたかのような透明感だ。


「持ってみてもいいですか?」


「ええ、どうぞ」


 恐る恐る受け取ると、想像よりも軽い。

 手にした瞬間、視界にゲームシステムのメッセージが浮かぶ。


『【ミスリル鉱石】』


(本物だ……!)


 胸の奥が熱くなる。

 どうしても、欲しくなった。


「店主、この【ミスリル鉱石】、譲ってもらえませんか?」


 店主は自慢げに微笑む。

「金貨10枚でお譲りします。10個までならご用意できますよ」


 ……その言葉に、理性が吹き飛んだ。


「【ミスリル鉱石】を10個ください!」


 頭がぼうっとなり、考えなしに、オレは金貨100枚を支払った。

 宝石のように光るミスリル鉱石を手に、胸の奥で妙な達成感が広がる。


 そしてオレは学ぶ。


〈買物には常習性がある〉


 と言うことを。

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