とある漫研部員の話。

新学期。三年生になった。


華先輩との卒業ライブのために残っていた私は、学年が上がると同時に軽音楽部を辞めた。


クラス替えでは運良く難関大学進学コースに入ることが出来た。


新しいクラスでは自分の趣味をさらけ出しても許してくれる友達も沢山できた。

受験生にもなれば流石にぼーっとして一日を過ごすわけにもいかない。

でも毎日勉強していれば、一日一日が着実に過ぎていった。


軽音部をやめて手持ち無沙汰になった私は漫画研究同好会、通称漫研に入った。

週に一回。自由におしゃべりしたり、ゆるーく絵を描いたり。

漫研は息をして良かった。

私が存在してもいいと許してくれる空間だった。


少しずつ、何かが埋まっていく感覚がしている。 それなのにどこか心の奥は空っぽだった。


……引退ライブ。

四日間もあったライブに私は全通していた。……部長が所属しているバンドのライブをぼーっと眺める。


新入生が、楽器を持って登校する姿を見るとぐちゃりと自分の感情が歪む。

これからの部活に、高校生活に期待していた、甘ったれた頃の自分を思い出してしまう。

わたしにもあんな頃があったなと思う。

どうして、どうしてこうなってしまったのだろう。 誰かだけが悪いわけじゃない。

素直にまわりに助けを求められなかった自分が悪い。

気づかないふりをして見捨てた人たちが悪い。 そこまで考えて私は気づいてしまった。

私は、軽音部で終わりたかったのだ。


どれだけ憎くても、しんどくても、

私は軽音部員だと、

『らなきゅら。』のキーボーディストだと、

胸を張って言いたかった。


軽音楽部でいいんだよ、って言ってほしかった。


誰かに私の存在価値を認めてほしかった。


胸の奥の本当の気持ちに気づいてしまったら、もう涙は止められない。


気づきたくなかった。


きっとこの気持ちは、一生ものなのだろう。これから先の長い人生、ずっとこの醜い感情と共に生きていくしかない。


それが私の罪の重さなのだと言われているようで。


そんなの嫌だ。


早く、誰か、解放して。


そう願ってしまう資格すら、ないのだろうか。


引退ライブが終わった夜。


布団に入って目を瞑れば、楽しかったあの頃の記憶が蘇る。


「ねぇ、今日の放課後あいてる? ちょっと付き合って」


「お昼ごはん一緒に食べよ!」


「かえろー」


「千鶴は私のだもん」


「ずうっと友達でいてね?」


あぁ、私はとっくのとうに毒されていたのだ。


突き放せば終わりだと思っていた。

でも、それは違った。

どれだけ離れようが、一緒にいた日々が消えるわけじゃない。

一緒にいた時間が増えるにつれ、私とは正反対の、私より価値がある人間に執着されることにどこかで嬉しさを、感じていた。

どこで選択を間違えてしまったのだろう。

いつの間にか私はこんな歪んだ人間になってしまった。

もう一度やり直そうなんて、それこそ夢物語だ。


夢でも、私は、もう彼女の目をろくに見れやしないというのに。


甘くて優しい夢は私を簡単に地獄に突き落とす。


あぁ、この世から消えてしまいたい。

ふらりふらりと階段を登っていく。その目的地は。

夢の中の私がしようとしていることに気づいて、私は、逃げるように目を覚ました。




引退ライブが終わってからはあっという間だった。


受験生の私たちには嫌でも進路という問題が突きつけられる。


私はスポーツジャーナリストになるという夢を叶えるべく、必死に勉強に励んでいた。


そんな中、私に卒業ライブの出演依頼が舞い込んできた。


「一緒にバンド組まない?」


最初は断ろうと思っていた。


でも、そろそろ、前に進んだっていいんじゃないかと思うようになってきた。


一歩ずつ、一歩ずつ、少しずつでもいいから、歩んでいけば、私は、自分の居場所を、存在価値を、見つけられるかもしれない。



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