とある軽音部員の話 その一。


「うっ、やばい。もう無理です。今からでも逃げようかな……」

「なんとかなる。もう逃げられません」


年明け一発目のライブ。


もうそろそろ私たちの一つ前のバンドの出番が終わりそうな気配を感じて更に緊張が増す。

この楽屋にいる時間がいちばん不安になる。

譜面覚えてるかとか、ミスしないかとか、変な挙動しないかとか……。


一度ステージに上がってしまえばなんてことはなくなるんだけど。


敵前(?)逃亡を図ろうとしたがあえなくバンドメンバーに止められてしまった。

あぁ、そんなこと言ってるうちに前のバンドがおつかれーと言いながら楽屋に引き上げてきてる。


もう無理、人生の終わり。

私の愛キーボード、ニッシーもそう言ってる。やっぱり今からでもバックれ……


「どうもー!!『らなきゅら。』でーす!!!」


逃げられませんでした。


しかもうちのバンドリーダーのMCが毎回長すぎて、今回から私が務めることになってた。

他の人が誰も立候補しなかったからなし崩し的に私に……。私のバカ!!もっと主体性を持てよ!!何が『主体性の無さ◎』だよ!



「今日は初めての外部ライブということで、『らなきゅら。』のメンバー紹介をしていきたいと思います!!」


予め考えておいた無難なMCをこなす。


バンドメンバーを紹介するという何の変哲もないMCだがそれなりに盛り上がった(……思う)。


「そして、キーボードは私!! 月宮千鶴です!! 今回はなんと、一曲歌わせていただきまーす!!みんな、もっと盛り上がっていこー!!」


もうヤケクソで観客を煽る。


場もほどほどにあったまっただろう。


ほかのバンドメンバーと目を合わせて呼吸を揃える。


ドラムのスティックのカウントの音が響く。


それに合わせて演奏が始まった。


私は、いつも他のメンバーについて行くのに必死だ。

私以外のメンバーの演奏技術は高い。

いや、リーダーの歌声はちょっと……中々に個性的だけど。

もし、私じゃない他の人が入っていれば、このバンドはもっといいものになるだろうなと常々思う。

必死に指を動かして、歌って、なんとかやり過ごす。


いつも通り、ほかのバンドメンバーに顔向けできないような演奏で新年最初のライブが終わった。

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