第2話 志望校
悠真は、放課後の図書館の片隅で参考書を開いた。ページをめくる手は汗ばみ、心臓の鼓動がやけにうるさい。
狙うのは偏差値の高い地元から離れた国立大学。茜には到底手が届かない大学だ。ここなら――彼女の干渉から逃げられる。
だが安心できるのも束の間だった。数日後、担任から呼び出され、職員室でこう告げられた。
「篠原。お前、本気であの大学を受けるつもりか?」
「はい。学力的にも十分合格圏ですし…。」
「宮下から聞いたが……ご両親も心配しているそうだぞ。遠方に行くのは現実的じゃないって」
全身の血が一瞬で冷える。なぜ茜が知っている? まだ母にもきちんと話していなかったはずなのに。
放課後、昇降口で待っていた茜が無邪気な笑顔を見せた。
「ねえ、進路のこと、先生とちゃんと話した? やっぱりさ、地元の大学の方が安心だよ。私も受けるつもりだから、一緒に通えるし。私が受からなくとも、近くに滑り止めの大学もたくさんあるから離れ離れになることも無いんだよ。」
悠真は返事をしなかった。ただ靴紐を結び直すふりをして視線を逸らす。
翌日から、彼の周囲は不自然なほど「地元推し」で埋め尽くされていった。
母は「家から通える方が良いわよ」と強調し、父は「就職に不利じゃなければ別にいい」と無関心を装いながら結局地元を推した。
クラスメイトでさえ「宮下と同じ大学行くんだって?」と当然のように話しかけてくる。
逃げ道は、刻一刻と狭まっていった。
夜、部屋にこもり、パソコンの画面に映る志望校のキャンパス写真を見つめる。遠い街並み、知らない人々。そこに自分の未来を重ねてみる。――茜がいない世界に行きたい。
だが、このままでは外堀を完全に埋められる。
妹の芽衣がドアをノックし、小声で入ってきた。
「お兄ちゃん、またお母さん、茜お姉ちゃんと話してたよ。『同じ大学が安心』って……」
悠真は苦笑し、机に突っ伏した。
「安心って、誰のための安心なんだろうな。」
芽衣はしばらく黙っていたが、やがて真剣な声で言った。
「逃げたいんでしょ?本当に行きたいなら、誰にも言わずに願書出しちゃえばいいじゃん。……でも、遠くの大学に行っても、あの人から逃げられるのかな…。」
その言葉が、胸に鋭く刺さった。臆病者のレッテルを貼られた自分は、すべて茜に握られているのだ。
◆
翌週。進路面談の最終日。担任が机越しに問う。
「篠原、最終的にどうする? 宮下と同じ大学でいいんだな?」
悠真は拳を膝の上で握りしめた。――ここで首を縦に振れば、一生逃げられない気がした。だが否定すれば、茜はさらに強く絡みついてくる。
重苦しい沈黙の中、悠真は口を開いた。
「……僕の志望校は、最初に伝えた大学です。」
その瞬間、担任の眉がひそめられるのを見て、背筋に冷たい汗が流れた。
だが同時に、胸の奥で小さな火が再び燃え始めた。
――まだ負けてはいない。
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