毒幼馴染を振り切って

@test555

第1話 新たな決意

高校三年の春。


桜が散り始めた通学路を歩きながら、篠原悠真は小さくため息をついた。


斜め前を歩くのは隣に住む幼馴染、宮下茜。腰まで伸びた髪を揺らし、当然のように彼と歩調を合わせている。


「ねえ、進路調査票、もう書いた?」


「……まだ」


「またギリギリまで放っておくんでしょ。だから私が見てあげるって言ってるのに。」


いつもの会話だ。彼女はまるで当然のように悠真の交友関係や将来に口を出す。


母親はそんな茜の言葉を真に受け、悠真の言い分より彼女を信じる。父はといえば仕事第一で、家族の空気に無頓着だ。


小学校も中学校も、さらには高校も、親や周囲の「一緒に通わせれば安心」という一言で同じ場所を選ばされた。本人の希望など聞かれることはなかった。


そんな状況に慣れきってしまった自分が、時々怖くなる。昼休み。教室でパンをかじっていると、茜が当然のように席へやって来る。


「放課後さ、喫茶店寄って帰らない?新作スイーツ食べたいんだ。バイト代入ったんでしょ?」


「いや、今日は――」


「ほら、断るとおばさん(悠真の母)に言っちゃうよ?」


冗談めかした口調の奥に、抜け道を許さない圧が潜んでいる。


そのとき、隣の席の友人が声をかけてきた。


「篠原、今日のバイト、シフト代わってくれない?」


悠真は顔を上げ、思わず頷いた。放課後を茜と過ごさなくて済む理由が欲しかったからだ。


夜、家に帰れば、母が食卓で言う。


「茜ちゃん、あんたの進路の心配までしてくれてるのよ。感謝しなさい」


悠真は黙って味噌汁をすする。向かいの妹、芽衣がちらりと彼を見て、小さな声で囁いた。


「…お兄ちゃん、負けるな。」


その一言に、胸の奥がじんと熱くなる。家族で唯一、彼の気持ちを分かろうとしてくれる存在。


ベッドに横たわり、天井を見上げる。――逃げたい。けれどどうすれば。就職か大学進学を口実に、この街を離れることはできるのか。


――いや、普通の方法では無理だ。


翌日、進路指導の時間。担任が「将来どこへ進むか、真剣に考えろ」と言った瞬間、悠真の心に小さな炎がともった。


茜の手の届かない場所へ。そこからやり直すんだ。


帰り道、茜が隣で笑顔を見せる。


「ねえ、大学も一緒に行けたらいいね。」


悠真は笑わなかった。ただ前を見据え、固く心に誓った。――もう、二度と強制されるままの人生は歩まない。


桜の花びらが舞い落ちる中、悠真の中でようやく「自分だけの春」が始まろうとしていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る