異伝一國新選組 最速×最速 ~斎藤一が献帝に逆行転生した天下統一最速理論【首狩り弾圧編】~

五平

第一部:帝、剣を振るい、誠に集う

第1話「目覚め」

瞼の裏に、燃え盛る炎の色が張り付いていた。

それは、屯所の畳に伏せっていた己の、朦朧とした意識の片隅で見ていた、幻のような景色だった。

あの、喉を焼くような咳。胸を鈍く締め付ける、結核の痛み。

すべては、その炎の中に溶けて消えたはずだった。


次に感じたのは、身体にまとわりつく、妙な滑らかさだった。

いつもの、少しざらついた木綿の寝間着とは違う。薄く、柔らかな絹の生地が、まるで水面のように身体を滑っていく。鼻腔をくすぐるのは、白檀か、それとも伽羅だろうか。甘く、重たい香りが、肺の奥まで侵入してくる。その香りは、消毒の匂いや、汗と血と埃が混じり合った、馴染みの匂いとはかけ離れていた。その違和感の奥底に、どろりとした脂の匂いと、冷えた鉄の匂いが微かに混じっている。武具の残り香…いや、もっと腐敗した、粘りつくような臭いだ。


(病室…ではないな。結核で臥せっていたはずだ。だが、この内側から満たされるような感覚は……)


身体は、驚くほどに軽かった。

結核に蝕まれた、あの苦しい咳もない。胸の鈍い痛みもない。まるで、新しい身体を手に入れたかのような感覚だった。

(これは地獄か? いや、地獄にしてはあまりに快適すぎる。ならば浄土か? だが、浄土にしては匂いが……)

混乱した思考に、一瞬の安堵が訪れる。

生きている。

あの胸を焦がす苦しみから解放され、再び剣を握れるかもしれないという、生き直した喜び。

しかし、その安堵はすぐに、周囲の違和感によって打ち消された。

背筋に残る、屯所の固い畳のざらつきの幻影と、今身体の下にある絹の冷たさ。その二つの質感が二重写しになって、吐き気を催すほどの違和感を濃くしていった。


ゆっくりと、重い瞼を開く。

そこには、見たこともないほど豪華絢爛な天井が広がっていた。

金箔だろうか、それとも真鍮だろうか。薄っぺらい金色の飾りが、薄暗い部屋の光を反射して、ぎらついている。

(金箔か。本物ならいいが、どうもこう、俺はこういう場所に慣れないな)

静かな違和感が、全身を駆け巡った。


身体を起こそうとすると、やけに滑らかな感触が腕の下から伝わってきた。

(ああ、絹か。随分と高価なものだ。誰が…)

視界の端で、奇妙な姿勢で控えている男たちがいる。彼らの顔は、脂ぎっていて、妙に血色も悪い。

濁った目に、怯えたような表情。そして、不自然に浅い鼻息。

(宦官…だと? いったい、何が……)

頭の中に、怒涛のように流れ込んできたのは、見知らぬ男の記憶の断片だった。

それは、自分とは似ても似つかない、病弱で、無力で、常に人々の顔色を窺う男の記憶。

「漢の献帝、劉協…?」

その記憶は、あまりにも薄く、頼りなかった。


(献帝? 何だそれは。…ああ、そういえば、近頃、噂で聞いていたか……)

斎藤一の頭の中で、断片的な知識が蘇る。

(確か、あの男は董卓に傀儡にされて、最後は……)

(…いや、待て。史実がどうあれ、俺は俺だ。この身体は、俺のモノだ)

(献帝? ふん、近藤さんの前に出てきたら、一刀で終わりだろうに。いや、それ以前に、自分ならもっとこう動く。宦官など、一刀で斬り伏せて、この腐敗を……)

思考は静かに暴走を始めた。目の前の現実と、頭の中の理想が、奇妙なコントラストを描き始めたのだ。

(この腐敗を、斬る。全てを。一刀で)


その思考の渦中、唐突に寝室の扉がけたたましく開かれた。

地響きのような足音が床を揺らし、香油と汗が混ざり合った、濃密な臭気が部屋を満たす。

「献帝よ! わしが来たぞ!」

けたたましい声が響く。脂ぎった巨体が、扉を押し開き、ふんぞり返って歩いてくる。

(…こいつが、董卓か)

記憶の断片で知る、暴虐を尽くす男。

(見かけからして軟弱な男。いや、違う。その男の背後にある、禍々しい気配。この男はただの武人ではないな。…しかし、俺が許容できる範疇ではない)


董卓は俺を一瞥し、嘲笑した。

「またおとなしく座ってばかりおるか。まぁいい。お前はただの飾りよ。おとなしくしておればよいのだ」

その言葉が、静かに、しかし確実に、斎藤一の心に火をつけた。

(飾り、か。…武士の誠を、そして、武士の魂を理解しない言葉。お前は、この俺を、何も知らぬ)

その時、斎藤一の思考に、一筋の光が走った。

(董卓…ただの飾り、か。いや、違う。俺の価値は、誰にも決めさせない。俺は、俺自身が、俺の道を決める)

それは、彼の「武士の魂」からくる、絶対的な答えだった。


場に、沈黙の間が訪れる。

宦官たちは、固唾を呑み、息をひそめていた。

(…さて、どうしたものか)

斎藤一は、無言で董卓のそばにあった護衛の剣を、ゆっくりと、しかし確実に視界に捉える。

(…これでいい。口で説明しても無駄だ。武士の誠を理解しない者には、恐怖と規律を叩き込むしかない。それが、この時代を最速で変える最適解だ)


身体が、静かに動いた。

「なっ! 献帝よ、何をする!」

董卓が、わずかに狼狽した。

斎藤一は、董卓のそばにあった護衛の剣に手を伸ばす。


チャキン――


剣を抜く、短い音だけが部屋に響く。

(この剣、随分と軽いな。…ああ、いや。違う。俺の身体が、異常なほどに重いのだ)

転生したばかりの身体が、鈍い音を立てる。

(…だが、構わない。この程度なら、問題ない)

斎藤一は、董卓の首元に、剣先を突きつけた。

「なっ…! 何事だ!」

「…」

何も言わない。

ただ、その目に宿る、研ぎ澄まされた光。

それは、幕末の京で、数々の修羅場を潜り抜けてきた、本物の修羅の目だった。

「貴様の、その傲慢な態度。そして、貴様の、その言葉。…それは、武士の誠を、そして、天子の威厳を、穢すものだ」

斎藤一は、静かに、しかし、確実に、剣先を突き立てた。

「…斬る」

その言葉は、まるで氷のように冷たかった。

「う、うわああああああああああ!」

董卓の断末魔の叫び声が、宮殿に響き渡った。


(終わりだ。…だが、これで終わりではない。始まりだ)


董卓の首は、ゴトン、という鈍い音を立てて床に転がった。

血の温かい匂いが、甘ったるい香りの宮殿を汚していく。

宦官たちは、悲鳴を上げようとして、それを途中で喉に詰まらせた。

斎藤一は、その顔に、一筋の笑みが浮かぶ。

(最速の粛清。…これが、俺の道だ)

董卓の首が転がり、「次は誰だ」の字幕が浮かび上がる。

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