すり傷は恋につきもの。③







 ゴールに着いた瞬間、ボートがひっくり返って水の中に落ちるのはデフォルトらしい。そう言えば上でスタッフがちゃんと説明していたような気がする。水の中から顔を出した瞬間にそれを思い出して里桜は顔についた水滴を拭った。同時に水中から顔を出した翔真が犬のように頭を振って水滴を飛ばす。


「やっべぇーー!! めっちゃ面白かった! 里桜チャン大丈夫?」


 最後手ぇ離しちゃってごめんな―! と満面の顔で笑う翔真に怒る気持ちは微塵も感じなかった。

 そのあと、翔真は一人でスライダーに二度乗って、最後にもう一度だけ里桜も一緒に乗った。

 二回目のスライダーは不思議とそんなに怖くはなかった。



 流れるプールでしばらく遊んで、水から上がったところで翔真がエメラルドグリーン色の冷えたサイダーを買ってきてくれる。

 並んで飲んだサイダーは、少し火照った体にパチパチ弾けて、さっき乗ったウォータースライダーみたいに爽やかに喉を通り抜けていった。


「ラッシュガード、めっちゃ濡れちゃったなー」


 ちょっと脱いだほうがいいんじゃない? と翔真が促す。


「そうだね。……んーでも、恥ずかしい、から」


 翔真の言うように水分を含んだラッシュガードは重みを増していたけれど、なかなか思い切りがつかなかった。

 里桜の様子に翔真がきょとんとする。


「……なにが恥ずかしいわけ?」


 不思議そうな翔真に里桜の顔が赤くなる。


「だ、だって……水着、ちょっと子どもっぽかったかなって。ビキニにしたらよかったかな……とか、でも私、胸もないし……」


 最後はごにょごにょと口の中で声が小さくなる。翔真は目をパチパチとさせた。

 そして「んーー」と考える仕草をする。


「まあ、里桜チャンがビキニ着てきてくれたら、そりゃあ有難うございますって感じだけど」


 正直、翔真もそう思っていたんだと解って、素直な気持ちを言ってくれて嬉しいと思いつつもちょっぴり落ち込んだ。


「でもさ、」


 続いた言葉に顔を上げる。


「ビキニを着た里桜チャンが好きなんじゃなくて、好きな子が着てるからビキニもいいんであって。里桜チャンが着てるならなんだってオレには一番可愛いよ」


 それ、スゲー似合ってる。


 そう言って笑ってくれた顔が本当に眩しくて。里桜はなんだか泣きそうになったけれど「エヘヘ」と笑ってなんとか誤魔化した。


 冷えるといけないし、と取り敢えずラッシュガードは脱いで軽く絞り、乾くまでしばらく脱いでいよう、という事になった。肩を出すのは少し恥ずかしかったけれど、翔真がくれた言葉が勇気をくれた。

 脱いだラッシュガードの袖を腰に巻いて軽く縛る。


 水着を乾かす為に屋外のプールの方に行こうかとなり、歩き出したらすぐに「里桜チャン」と翔真に止められた。


「? なに?」

「……ごめん。さっきああ言ったけどさ。やっぱりラッシュガード着てもらってもいい?」


 さっきと手のひらを返した翔真の台詞に、里桜は眉を下げた。……やはり、見苦しかったのだろうか。

 里桜の落胆には気が付かずに、翔真は少し顔を赤らめると咳払いをひとつした。


「……気づかんかったけど、思ったより、背中が開いてた……」


 里桜の選んだワンピース型の水着は、前から見ると胸周りにフリルがあしらってあるワンピース・スカート型で露出は少なめだ。……ただ、後ろは水着らしく腰上から背中が広範囲で空いているデザインだった。

 日に焼けていない里桜の白い肌が視界に焼き付く。


「うぇあっ!? ご、ごめんね? 後ろは自分じゃ見えないからあんまり気にしてなかったと言うか……私、幼児体型だから誰も気にしないとは思うんだけど……」


 何故か言い訳をしながらラッシュガードを腰から外そうとするが手元がもたついてしまう。そのうち結び目がはらりと解けて、落ちそうになったところを翔真が受け止めて里桜の肩にさっと広げた。


「オレが気になるの。……他のヤツに見せたくないから」


 驚いて見上げた翔真の顔は真っ赤で。里桜の顔も負けず劣らず真っ赤だったけれど。

 ……取り敢えず里桜はラッシュガードに袖を通して、チャックを一番上まで……閉めたのだった。



2025.9.7 了

  

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