第31話 夢


≪Awaken≫



カプセルが低い唸りをあげて開いた。


「まさかコンビニがなくなるなんてなあ……」


【意識の覚醒を確認。おはようございます】


「おはよう、Neuro」


カプセルの横に人影が立った。


「おっ、ムサシ。待っててくれた……のか?」


ムサシは無言で、そのヘルメットのバイザーの奥の目は何の感情も映していない。


「指示を出した覚えはないが、待っててくれるのはありがたいな。探さなくて済む」


武器庫を通り抜けながら、ちらりと有料武器の陳列と義体パーツの陳列を横目で見る。


「そろそろ100ポイントが見えてきた。どちらを先に買うか、考えないとな」


入り口ゲートをくぐり、ユキとテンコを探し見回す。

敵モンスターはラッシュ日以外は相変わらず少ないのか、二組程が戦っているのを除けばあたりを警戒しながら棒立ち義体がほとんどだ。


「ユキ、テンコ、指揮下に入って」


直哉、ムサシ、ユキ、テンコの四人でモンスターを求めて今日もダンジョン奥に進む。


「今日も、岩場区域だな。損傷の危険性はあるけど、流石に稼ぎが段違いだ」




岩場区域に続く通路は、湿った岩の匂いとひんやりした空気に満ちていた。

直哉たちは淡々と歩を進めながら、時折≪敵視光≫を起動し、赤い光の反応を確認していく。


奥へ進む途中、テナガザル二匹が飛び出してきたが、盾で動きを封じ槍で突く基本動作で、ものの数十秒で沈めた。

血飛沫が岩肌に散っては消え、義体の表面に点々と付着しても、仲間は何事もなかったように前進を続ける。


「小物は片付いた。予定通りだな」


直哉は短くつぶやき、次の交差路に目を向ける。


(索敵の反応が薄い……逆に嫌な予感がするな)


やがて視界が開け、目の前に奇妙な景観が現れた。淡く光る岩と、光らない暗い岩が乱立し、迷路のような陰影を作っている。光と影が入り交じり、通路は複雑に折れ曲がって見通しが悪い。敵が潜むにはうってつけの場所だ。

直哉は立ち止まり、全員に視線と手振りで注意を促した。


「油断するな。索敵を重視してゆっくり進むぞ」


義体の足音が岩の間にこだまし、細い砂利がこすれ合うような音が続く。赤い光はまだ反応しない。緊張が張り詰めたそのとき、岩の影から低い唸り声が響いた。


「カオイヌか……」


直哉は即座に≪敵視光≫を起動する。岩陰に巨大な犬のようなシルエットが浮かび、赤い光が一点に集中する。頭部が不釣り合いに大きく、牙が光っている。


「全員、固まって盾で受けるぞ!突撃に備えろ!」


ユキとテンコ、そしてムサシが一斉に盾を構え前列に並ぶ。直哉も背後に回り剣を握りしめた。

一拍遅れて、カオイヌが咆哮とともに突進してくる。岩場を蹴る鈍い音、重い足取りが近づくたび地面が微かに震えた。


「来るぞ!」


牙を剥いた巨体が目の前に迫り、次の瞬間、三枚の盾に激突した。ガンッと鈍い衝撃音。義体の腕にまで伝わる圧力がすさまじい。だが盾の壁は崩れない。

勢いを殺されたカオイヌがわずかにバランスを崩したその刹那、直哉が声を張る。


「今だ、刺せ!」


ムサシが横からメイス叩き込み、ユキとテンコも続いて同時に槍を突き出す。

槍先が肉を裂く鈍い音が連続し、血飛沫が光る岩に飛び散った。カオイヌは苦悶の咆哮を上げるが、体勢を立て直す前にさらに何度も槍が突き込まれる。


直哉も前に出て直剣を突き込み、喉元を深く裂いた。

巨体が揺らぎ、がくりと前のめりに崩れる。顎が地面に当たって鈍い音を立て、足が痙攣して止まった。


「よし、やっぱりカオイヌも一匹ならいいカモだな」


直哉は剣を引き抜き、血を払う。赤い光は消え、辺りに再び静寂が戻る。

義体の呼吸システムが静かに作動し、胸が上下する。緊張から解放された体に、じわりと高揚感が湧き上がった。


(一度突進を止めれば、ここまで脆いか……。戦術通りだ。これで結晶も稼げる)


直哉は地面に転がった死骸に歩み寄り、カオイヌの胸から淡い光を放つエネルギー結晶を引き抜いた。手の中でそれが微かに脈打つように光り、今回の戦闘の報酬を実感させる。


「まだ奥がある。行くぞ、油断するな」


再び盾を構えて進んでいった。淡い光の迷路の中、直哉の視界には次の赤い光を探す≪敵視光≫が静かに輝いていた。



岩場の薄暗い空間に、突如、金属音と低いうなり声が混じった空気が漂った。

直哉が岩場の陰から一歩踏み出すと、そこには不意の遭遇で目を見開いたカオイヌと二匹のテナガザルが立っていた。

互いにびくりと体を震わせ、思わず後退する音が岩壁に反響する。


「近っ…いや幸運か。助走をさせるな!距離を詰めろ!」


直哉の声が指揮の合図となる。ムサシは重厚な盾を構え、ユキとテンコは短槍を手に横に並ぶ。

直哉の指示で、三人は固まった横列を形成し、カオイヌの勢いを押さえ込む。


距離が近いため、カオイヌは助走をつけられず、浅く突かれる槍にじわじわと下がる。鋭い牙を覗かせるが、まだ完全な攻撃力は出せない。じりじりと後退しながらも、その視線は後退して助走をつける隙を伺っている。


「よし、この間にテナガザルを片付ける」


直哉の視線が後方で構えるテナガザルに向く。カオイヌの援護に回ろうとした一匹のテナガザルが、ユキとテンコの側面から攻撃を仕掛けようとする。

その瞬間、直哉の≪敵視光≫が赤く瞬き、敵のヘイトが向けられた方向を正確に示す。


直哉は間合いを計り、瞬時に短剣を投げつけた。鋭い刃先がテナガザルの顔面に突き刺さり、思わず一歩後退させる。


(厄介だ…カオイヌ単体なら防御さえ固めれば問題ない。だが、横やりが入るだけで突撃の脅威が一気に跳ね上がる)


直哉は優先順位を決め、まずテナガザルの数を減らすことに集中した。


「ムサシ、テナガザルを一匹牽制! テンコユキ、カオイヌはもういい、もう一匹のテナガザルを狙え!」


ムサシには一対一でテナガザルを牽制するよう指示。

テンコとユキにはカオイヌに相手をせず下がるよう命じ、直哉、ユキ、テンコの三人で残りのテナガザルを即処理する作戦に移る。


テナガザルは鋭い爪を振るい、俊敏に突進してくるが、直哉の直感と≪軌道≫が示す動線で攻撃を完全に読み切る。

流れるような動きで直剣を振り、テナガザルの腕を切り裂き、盾で顔面を打ちつけ、胴を切り裂いてとどめを刺す。


ムサシの方を見る。もう一匹のテナガザルがムサシとの牽制戦を続けていた。


「ムサシ、交代!」


直哉の声で、ムサシが前線を交代し、直哉が次のテナガザルと相対する。


残る敵はカオイヌ一匹と直哉の相手のテナガザル一匹。


直哉は戦況を俯瞰で把握しつつ攻撃のタイミングを測る。

距離を取ったカオイヌが助走をつけ、赤い≪敵視光≫を強く放つ。突撃の合図だ。直哉は手の空いた三人に指示を飛ばす。


「横列で盾構え!全力防御!」


ムサシ、ユキ、テンコは重厚な盾の列で正面を固め、そこにカオイヌの助走を使った全力の突撃攻撃。

盾の軋むような音、岩場に響く衝突音。


指示を隙と見たのか、直哉と相対するテナガザルが攻撃を仕掛けてくる。


一対一のカウンター勝負となれば、能力相性的に完全に直哉の独壇場だ。

≪敵視光≫の発光と≪軌道≫を読み、爪による切り裂きを直剣で受け流し、即座に斬り返す。腕が切り裂かれ、次の瞬間には盾で顔面を殴打、胴を切り裂き、テナガザルは床に崩れ落ちる。


受け流し、盾での強打、トドメ。直哉のカウンターの黄金コンボだ。


ゴシャッ――鈍い音とともに、カオイヌの低いうなり声が響く。


直哉が振り返ると、二度目のカオイヌの突進攻撃を、三人が盾と短槍で完全に受け止めていた。

カオイヌの顔面がずたずたに裂けていた。牙は折れ、目は戦意を失わずに怒りを露わにしているが、動きは止まっている。


「そのまま抑え込め!」


直哉の指示で三人がカオイヌを囲むように押さえ込み、隙を見つけた直哉が背後に回り込む。


義体の身体をしならせ、直剣を突き出す。顎の下から首筋にかけてねじりを加え、とどめを刺す。

カオイヌは力なく倒れ、その体はゆっくりと光を放つエネルギー結晶を残して溶けて消えた。


戦場にはテナガザル二匹の死体も消え、岩場に散らばっていた粉塵だけが静かに舞う。


直哉は戦闘の感触を頭の中で反芻する。

盾で押さえ込みながらカオイヌの突撃を耐え、テナガザルを一体一で処理し、最後にカオイヌにとどめを刺した。


集団戦のキモ、分断と各個撃破。

順序を間違えず、冷静に優先順位を決めて戦ったことで、全員が無傷で勝利を収めた。


(やはり、連携と≪敵視光≫≪軌道≫の応用は間違っていない。こうして実力が伸びていく感覚…この稼ぎ、成長の手応えがたまらない)


直哉は勝利の余韻で胸の奥が熱くなる。岩場の冷たい空気に心地よさを感じる。

ゆっくりと結晶を回収し、次の戦闘に備えた。



岩場を抜け、戦闘の興奮がまだ体に残る中、直哉は足を止めた。

周囲には静寂が戻り、消えたモンスターの痕跡だけがかすかに粉塵として舞う。義体の関節を軽く揺らし、肩の力を抜きながら、直哉は今の戦闘を頭の中で反芻し始めた。


「今回の二連戦で、一つ重要なことが自分の中で整理されたな」


直哉の頭の中には、無数の情報が整理されていく。

カオイヌに対する戦術、テナガザルへの対応、味方の動かし方。


特にカオイヌとの戦闘から得た知見は、今後の攻略ノートに大きく書き加えられる内容だった。

まず、カオイヌ単体の場合の対応について。直哉は頭の中で整理する。


「横やりが来たら、即座に処理するか足止めして、邪魔のない状況で突撃を受け止める。もしくは、距離を詰めてまとわりつくように戦い、助走突撃をさせない」


この二つの基本戦術が有効だと再確認した。単体のカオイヌは突進力があるものの、数的に不利でなければ致命的な脅威ではない。


しかし、取り巻きがいる場合、突進のタイミングを見計らいながら攻撃されると危険度は跳ね上がる。

テナガザルのような俊敏な敵が横から割り込めば、突撃の威力は何倍にもなる。


直哉は、戦場での人員配置の重要性についても改めて考えた。


ムサシ、ユキ、テンコ、それぞれの位置取りを流動的に変え、局地的な数的有利を作り出すことが、戦闘を優位に進める鍵である。敵の数を迅速に減らすことで、致命的な攻撃を受けるリスクを最小化できる。


「Neuro。もしかしなくても、俺ってかなり強くなってるかも」


【分析補助。戦闘と指揮の両立は非常に難易度の高い選択肢です。敵の分断、各個撃破のタイミングと安定した戦闘出力。人間離れした数値と言えます】


「なんだよ、お世辞も言えたのか」


【私にはバイアスをかける情報的な欺瞞行為、所謂情緒というパラメータは最低限に設定されています】


「ん、んん?わかりにくいけど、掛け値なしに褒めてるってことね」


【肯定します】


直哉は少しだけ微笑む。

戦闘中、自分の思考は一瞬の判断が連鎖し、味方の動きや敵の意図を予測していた。

しかしその冷静な分析力も、戦いの最中は無意識で行われていたのだ。


次に、今回の戦果について計算する。

カオイヌのエネルギー結晶は15〜20ポイント程度。

行動パターンも理解できた今、慎重にタイミングを見計らえば、十分においしい相手である。直哉は心の中でそろばんを弾く。


(よし…15〜20ポイントか。次はもっと慎重に、でも確実に取れる。助走突撃を封じられる状況で戦えば、リスクもほとんどない)


さらに、今回の戦闘では自分が戦闘の中で指揮し、味方の動線を瞬時に把握して最適な配置を取らせる能力も確認できた。

これは単なる剣技や反射神経の問題ではなく、戦術判断そのものが戦闘力に直結することを意味していた。


リアルタイムでの判断と指示出しによって、局地的な数的有利を作り、敵の攻撃を最小限に抑える。つまり、戦術眼と戦闘力が一体となって発揮されている状態だ。


直哉は目の前の岩場に目をやり、万能感を感じていた。


(負ける気がしない)


直哉は次の戦闘に備え、結晶を回収しつつ、心の中で次のシナリオを描く。

戦術を組み立て、敵のパターンを頭に入れ、勝利へのイメージを固めていく。


(よし、奥へ進めば、もっとおいしい相手がいるはずだ。今日の戦闘で得た知識を最大限に活かせる場が来る)


ここまでの戦闘で得た経験値、戦術の更新、結晶の獲得。

その全てが、直哉にとっての報酬であり、稼ぎであり、成長の証だった。

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