第16話 歩みの先へ

 冬の夜。


 冷たい風が町を吹き抜け、街路樹の枝にはうっすらと雪が積もっていた。


 月は高く澄み渡り、静かな光を地上に落とし、町全体を淡い銀色に染めていた。

 その光は、まるで人々の心の奥に潜む不安や孤独を優しく包み込むようだった。


 丘の上に建つ古びた郵便局。

 そこへ、月見が静かに姿を現す。


 銀色の制服に白い帽子。肩には、まだ届けられていない言葉が詰まった皮の鞄。

 彼の歩みは夜の静けさに溶け込み、足音さえも月光に吸い込まれていくように感じられた。


 その夜、彼が手にしていたのは一通の封筒。

 少し折れ曲がり、文字は震えるように書かれていた。


 差出人:俊介(しゅんすけ)

 宛先:未来の自分。


 俊介は大学受験を控えた高校生だった。

 周囲の期待、友人との距離、家族への思い――

 そのすべてが重なり、心は押しつぶされそうになっていた。


 夜ごと机に向かっても、参考書の文字は霞み、

 胸の奥には「もし失敗したら」という恐れが広がっていった。


 ある晩、彼は便箋を広げ、未来の自分に宛てて言葉を綴った。


 ~ 未来の僕へ。


 今の僕は、正直に言うとすごく不安だ。

 合格できるかどうかもわからない。

 合格できたとしても、みんなの期待に応えられるかもわからない。


 でも、もし未来の僕がこの手紙を読んでいるなら、

 きっと生きてここまで来たってことだよね。


 それだけで、少し救われる気がする。


 どうか、笑っていてほしい。

 そして、誰かのためじゃなく、自分のために歩いていてほしい。


 今の僕は、ただその願いを君(僕)に託すよ。


 俊介より ~




 月見はその手紙を鞄にしまい、夜の町へと歩き出す。

 彼は風に語りかけるように呟いた。


「未来の自分に届く手紙…それは、今を生きる力になる」




 その夜、俊介は夢を見た。


 夢の中で、彼は少し大人になった自分と向き合っていた。

 未来の自分は穏やかな笑顔を浮かべ、手に一通の手紙を持っていた。


「読んだよ。だから、手紙の返事を言いに来た。」

 未来の自分はそう言って、俊介の肩に手を置いた。


「不安でもいい。迷ってもいい。大事なのは、歩き続けることだよ」


 俊介は涙を浮かべながら頷いた。

 その言葉は、誰よりも自分自身に必要なものだった。


 胸の奥に重く沈んでいた不安が、少しずつ形を変えて、

 温かな灯りへと変わっていく。



 翌朝。


 俊介は机に向かい、参考書を開いた。


 不安は消えていなかった。

 けれど、心の奥に小さな灯りがともっていた。


「未来の僕に、胸を張れるように」

 そう呟きながら、彼はペンを走らせた。


 その筆跡はまだ頼りなく震えていたが、

 確かに前へ進もうとする意志を宿していた。



 雲の隙間から月見はその様子を眺めていた。


 彼の仕事はまた一つ、終わった。

 だが、鞄にはまだ、誰かの心に届かなかった言葉が残っている。


 今夜もまた、月の光に乗せて――

 彼は静かに歩き出す。


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