第4話 月の声
冬の終わり、雪が解け始めた夜。
町の片隅にある小さなアパートの一室で、一人の女性が静かに座っていた。
彼女は遥(はるか)。
仕事も人間関係もうまくいかず、心はすっかり疲れていた。
窓の外には月が浮かび、部屋の中に淡い光を落としている。
彼女は、何もする気になれず、ただぼんやりと空を見上げていた。
「私は…誰にも必要とされていない気がする」
そんな思いが、胸の奥に沈んでいた。
その夜、月見は一通の手紙を手にしていた。
封筒は青みがかった灰色で、文字は静かに揺れるような筆跡だった。
差出人:涼(りょう)
宛先:遥さんへ
月見は差出人の名を見て、少しだけ目を伏せた。
涼は、数年前に命を絶った青年だった。
彼もまた、深い孤独と痛みを抱えていた。
けれど、涼は最後の瞬間に、誰かに言葉を残したいと思った。
それは、自分と同じように沈んでいる誰か
それが遥だった。
しかし、彼は迷った。
自分が直接言葉を届けることで、遥を「こちら側」に引き寄せてしまうかもしれない。
だから、彼は月見に託した。
手紙にはこう書かれていた。
~ 遥さんへ
あなたのことは、直接は知りません。
でも、あなたの沈黙の中に、かつての自分を見ました。
僕は、痛みの中で言葉を失いました。
誰にも届かないと思っていた。
でも、今ならわかるんです。
言葉は、届かなくても、誰かの心に残ることがある。
あなたが今、どんなに苦しくても、
その痛みは、誰かにとって「あなたの優しさ」になるかもしれない。
僕は、もうこの世界にはいません。
でも、あなたにはまだ、歩ける道があります。
どうか、月を見てください。
そこに、僕の祈りがあります。
あなたが、少しでも笑える日が来るように。
涼より ~
月見はその手紙を鞄にしまい、遥の住む町へと向かう。
夜の風が静かに吹き、街灯がぽつぽつと道を照らしている。
彼は誰にも見られず、ただ風だけが彼の足音を知っていた。
遥の部屋のポストに、月見はそっと手紙を差し込む。
その瞬間、雲がすっと消え、月がひときわ明るく輝いた。
翌朝、遥はポストの中に見慣れない封筒を見つけた。
差出人の名に見覚えはなかったが、なぜか胸がざわついた。
手紙を開き、読み進めるうちに、涙が頬を伝った。
誰かが、自分の痛みを見てくれていた。
誰かが、自分のために祈ってくれていた。
その夜、遥は久しぶりに月を見上げた。
月は、まるで微笑んでいるように、優しく輝いていた。
月見は遠くからその姿を見守っていた。
彼の仕事はまた一つ、終わった。
だが、鞄にはまだ、誰かの心に届かなかった言葉が残っている。
今夜もまた、月の光に乗せて、彼は静かに歩き出す。
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