day5─秘密の部屋─

 翌朝。

 登校し、廊下を歩いていた絢葉は、職員室前で足を止めた。

 少し先の廊下の曲がり角で、村西、飯沼、そして結城の教師三人が立ち話をしているのが見えたからだ。

 言葉の端々が聞こえてくる。「放送室」「警察」「安全」そんな言葉が断片的に。


 絢葉は一度深呼吸してから歩み寄り、軽く会釈した。

「おはようございます」


 結城が振り返り、柔らかな笑みを浮かべた。

「おはよう、東雲さん。昨日もやっぱり“怪異”は現れたみたいだね。今、ちょうど村西先生からその話を聞いていたところなんだ」


「……はい。昨夜も放送が流れました」


 飯沼が眉をひそめながら言葉を継ぐ。

「ここまで続くとなると、流石にそろそろ警察に相談することも考えているんだ。もしそうなったら、君たちにこれ以上負担をかけずに済む。来週には体育祭も控えているしね」


 村西も頷きながら口を開いた。

「また呉宮の話も聞きに行くつもりだが、飯沼先生の言う通り、生徒に危険が及ぶ可能性があるという意見は多いんだ。……疲れもあるだろうし、今日は下校時刻後の調査は控えてはどうだ? 強制はしないが」


 絢葉は少し戸惑いながらも、素直に頭を下げた。

「は、はい……呉宮先輩と相談してみます」


 教師たちは軽く頷き合い、話題を変えるように去っていった。



────



 放課後、部室。

 机の上には、ここまでの調査で得られた資料が広げられている。


 史桜が紅茶を口にしながら、いつもの穏やかな声で言った。

「うむ、昼休みに村西教諭が来てね。同じ話を聞いたよ。東雲君もよく頑張ってくれている。今日は早めに調査を切り上げて、下校時刻前には帰宅しよう」


「はい、分かりました」


 史桜は少し苦笑し、スマホを軽く掲げた。

「実は奏汰も今日は都合が悪いようでね。さっき『今日は予定があるから帰る』とメッセージがあったところだ」


「そうですか……」


 小さく頷く絢葉に、史桜は穏やかに告げた。

「では今日は、校庭の調査を頼む。人目も多いし、危険も少ないだろう」



────



 そして、絢葉は校庭へ。

 サッカー部や陸上部の掛け声が響き、まだ日も高い。

 グラウンドの外周を歩く絢葉は、通話越しに史桜の指示を受けながら調査を進めていた。


『校庭の外周には茂みや樹木があるだろう? その辺りを重点的に見てくれ』


「分かりました」


 フェンス沿いの茂みの間を抜けると、ふと、古びた木造の小屋が目に入った。

 校舎の影から少し離れた場所に、ひっそりと佇むそれは、長い間放置されていたように見える。


 近くで練習していたサッカー部の顧問に声をかけてみる。

「あぁ、それは昔サッカー部の道具倉庫だったんだよ。今は新しい倉庫があるから使ってなくてね。その後しばらくは用務員さんが資材を保管してたみたいだけど、今はもう長いこと誰も使ってないはずだよ」


「ありがとうございます」


 絢葉は礼を述べ、小屋の前へ戻る。

 扉は古びており、錆びついた南京錠がぶら下がっていたが、鍵はかかっていなかった。


 きぃ、と音を立てて扉を開く。

 中は薄暗く、埃っぽい空気が漂っている──はずだった。


 けれど、違和感がすぐに絢葉の鼻を掠めた。

 埃の匂いが、ほとんどしない。

 棚の上には、真新しいドライバーやはんだごて等の工具類、机の上にはスタンドライト。

 それらが整然と並ぶ様は、とても“もう長いこと誰も使っていない”とは思えない。


 ──最近、誰かがここを使った。


 絢葉はスマホで撮影し、史桜に送信する。


『確かに。明らかに誰かがここを使用しているね……倉庫の外には何がある?』


「フェンスと……その外は住宅地の路地裏です。あと、廃材みたいな木の板がフェンス沿いに立てかけてあって──」


 ふと、絢葉の手が一枚の板に触れた。

 ずらすと、そこにはフェンスの網目が大きく破れている。

 人ひとり、なんとか通れるくらいの穴。


 絢葉は息を呑み、通話口に声を落とした。

「……フェンスに、穴が空いてます。外の路地に、抜けられそうな」


 史桜の声が、わずかに笑みを含んで返ってきた。

『あぁ、なるほどね。これは随分と線が繋がってきたじゃないか。問題は“誰が”“なんのために”したか、だが……よろしい。今日はここまでにしよう。明日は土曜。連休だし、早く帰ってゆっくり休みたまえ』


 通話が切れた後、夕陽の赤がフェンスを越えて小屋の壁を染めていた。

 絢葉はふと振り返る。

 グラウンドの喧騒の向こう、校舎の窓のどこかに──

 誰かが、自分を見ているような気がした。

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