day4.2─黒い箱─

 窓の外では夕陽が沈みかけ、廊下の床に長い影を落としている。


 絢葉は先に放送室の前で待っていた奏汰と合流して、放送室の前に立ち、そっとドアノブに手をかけた。

 軋む音と共にドアを押し開ける。

 そこには古びたデスク型アンプやミキサー、マイク、ケーブル。

 見慣れないボタンやつまみがずらりと並んでいる。


「……結構古い機材ですね」


 絢葉が小さく呟く。

 そして彼女は史桜から受けた指示を思い出した。


『まずは電源の確認をしてくれ。異常がないか、慎重に』


 絢葉はうなずき、デスクの下へしゃがみこんだ。

 埃を被ったコードを辿っていくうちに──ふと、違和感に気づく。


「……あれ? これ、なんか変じゃないですか?」


「?」


 奏汰が覗き込む。

 アンプへ続く電源ケーブルが、途中で不自然に分岐していた。

 片方はそのままアンプへ、もう片方は机の裏側へと伸びている。

 そしてそこには──黒い小さな箱のような機械が、ガムテープで貼りつけられていた。


 その箱の表面には、小さな赤いランプが、ゆっくりと点滅を繰り返している。


「なに、これ……?」


「……さぁな」


 奏汰は観察して眉をひそめ、絢葉はスマホを取り出して写真を撮り、史桜へ送信した。


 しばらくして返ってきた返信には、簡潔な文面が並んでいた。


【市販の機械や放送機器の部品ではなさそうだね。自作の可能性もある。遠隔操作用のリレーかもしれないね】



「……遠隔操作?」


 絢葉が息を呑むと、奏汰が頷く。


「つまり、誰かが外からこのアンプを操作してる可能性があるってことだ」


「そんなこと……できるんですか?」


「技術さえあれば、な。」


 絢葉は思わずランプの光を見つめた。

 点滅は規則的で、まるで呼吸のように落ち着いたリズムを刻んでいる。

 そこに“意志”のようなものを感じ、背筋がぞくりとした。


【配線などは不用意に触らないように。今夜再び観察しよう】


 史桜からの指示が届き、二人は顔を見合わせた。


「了解です……」


 そうして、二人は放送室の外へ。やがて下校時刻を過ぎ、見張りは再開された。

 この日、放送室は奏汰が張り込み、絢葉はこの日見回りで残っていた村西に付き添ってもらい、再び校舎内三階の廊下から校庭を見張る事になった。

 窓の外はすっかり暗く、校舎全体が沈黙に包まれている。


 やがて──。


 唐突に、放送室のスピーカーが震え、明るいブラスの音が響き渡った。

 体育祭で流れる定番のBGM。

 昨日までと同じ旋律。


「きた……!」


 絢葉はイヤホン越しに史桜へ連絡を入れる。

 同時に、校庭を監視しているスマホのカメラを構えた。

 村西先生も隣で双眼鏡を構え、緊張した面持ちで校庭を覗く。


 グラウンドの端。

 砂埃の向こうで、人影がゆっくりと動いていた。

 そして、そのそばで──また、ぼんやりとした小さな光が瞬いた。


 絢葉はその一部始終を動画に収め続ける。

 BGMは校内に反響し、人影はまるで音に合わせて揺れているように見えた。


 数分後、校庭に響いていた音楽が、ふっと途切れた。そのすぐ後に、放送室の奏汰からメッセージが届いた。


【やはり無人。入った瞬間にまたBGMが止まった】


 再び校庭へ目を向けると、光が消え、影も霧のように闇へと溶けていく。

 タイミングは一秒の狂いもなく──昨日と、まったく同じだった。


 絢葉は震える手で撮影を止め、動画をそのまま史桜へ送信した。


 ほどなく、警備員が校庭へ駆けつける。

 だが、そこにはもう何も残ってはいなかった。


 その夜。

 優雅部の部室で、史桜は無言のままスマホの画面を見つめていた。

 再生される映像の中で、人影の隣の小さな光がちらつく。

 彼の目が静かに細められた。


「……なるほど。少しずつではあるが、核心に迫ることは出来ているようだ」


 紅茶の香りと共に、その独白は夜の校舎に溶けていった。

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