第12話 お、怒ってますか? でも、でも、だって……
「なん、で……! 出てこられるの、アナスタシアぁッ!」
――今だけは。ドロテアに、完全に同意なんだが。
俺を待っていた。そんなくだらない理由で、抜け出せるのに牢の中に留まってたのか……!?
「そ、そんな目で見ないでください。私だって、身内である教会にここまでされて、少し心が弱ってたんです。待っていたっていいじゃないですか。……頼れるひと、を」
「お前……いや誤魔化されはしないぞ! ここまで助けに来てやった俺たちの苦労はいったい……ッ」
「それは、すみません……。で、でも、ヴィクターさんが来てくれたことで心が回復してきたので、こうして自力で出てきましたし!」
こっちはそれなりにリスクを負ってきたんだが? 外ではアラヤたちが頑張ってるはずだし、ダリヤまで連れてきてるんだ。冗談じゃないぞ。
……いや、俺の目的はあの狸司教がアナスタシアに懸けた金だから、それを受け取れるって言うなら。何も、言うまいが……ッ。
「ご、ご主人さまが本気で怒ってます……。めずらしい」
「でも本当に私、ショックは受けてたんです! もともと、終わらない政争に巻き込まれ続けて心が擦り減っていたところに、こんな……! 私ッ……っいえ、でも。その…………――ごめん、なさい。ヴィクターさん……」
本気でしょんぼりした様子のアナスタシア。
さすがに悪いと思ってるらしいな。その棘はすっかりなりを潜めて、すっかり意気消沈してる。
ダリヤも微妙そうな表情で見てるが、そこまで露骨に怒ってる感じもない、か。
「……気持ちは、わかります。心が折れそうになっているときって、どうしてもいつも通りに考えることできないですから。ご主人さまに助けを求めてしまうのも……」
「今回は、そんなに危険もなさそうですし……」とこぼすダリヤ。
まあ、あのアナスタシアの言うことだ。嘘はないんだろ。どうも昔みたいな、甘ったれたところが見え隠れし始めたのは気になるが。
しかし、仕方あるまい。
「はああぁぁ……。じゃあ、まあ。……――怒るのはまた後で、な。今はそれよりも」
ここを抜け出して安全を確保するところから、と。
俺はでかい溜息をついて、わなわな震えるドロテアを見た。
「――嘘だ、嘘だ。アナスタシアなんかのスキルで、そんなことできるわけが……。だって、広範囲を対象にした治癒系スキルって話じゃ……!」
「たしかに、教会内ではそう通していました。実際、人前でもそれくらいの使い道しか見せていません」
「隠してたって言うの!? なんの、ために……!」
「それはもちろん……こういう時に敵の警戒を解くためです」
……俺の教えをきちんと守ってるじゃないか。
必要なときを除いて、基本的に己の力は伏せる。命の危険、力を誇示する必要がある場面など例外はあるものの、ただでさえ目をつけられやすい境遇なんだからと。
そして。この教えには、続きがあるんだ。
もしも力を露わにしなければいけない時が来たのなら。その時はもう――自重などせず、特大の一撃を入れてやれと。
だから。
「【福音神授】。
いくつかもバフを重ね掛けして。
それに最後のは……存在の、強化? 感じる存在感がさっきまでとは雲泥の差だ。
そして、そんなバフをいくつも重ねたアナスタシアは、威圧感を放ちながらドロテアへと近付いていく。
「あっ。ちょ、っと。ボクは戦闘なんてできないし、そんなの数多すぎ――」
「けじめ、ですから。すでにこちらへ牙を剥いていて、私の拉致だけではなくヴィクターさんたちへもその毒牙を伸ばしました。一度痛い目、見させないといけません」
「そっ、そんな……。毒牙って、さっきの天井のこと!? あれは……そうッ、偶然で――」
「ふふっ。それこそ偶然ですね。確かこの場には、偶然を操る方がいたような……」
あからさまに狼狽えるドロテアに、アナスタシアは一歩一歩近づいていく。
「や、やめろ来るなっ! ……そ、そうだ! ボクは神のスキルがあるから何したって無駄だから! アナスタシアの攻撃なんて、なんてこと――」
「――じゃあ、試してみましょうか。ただのパンチです、本当に神様に愛されているというならこのくらい」
震えるドロテアの眼前で、拳をぎりりと引き絞る。
みちみちと凝縮される力に、空間が悲鳴を上げるように軋んだ。
「では。――失礼しますね」
そして。
――いくつもの強化で暴れる力が、とうとう解放された。
空気を裂いてドロテアの腹にめり込む、華奢だが強力な加護がこもった拳。なぜか今度は【禍福改竄】に邪魔されることなく、ドロテアの体内で暴力的な力が暴れ回る。
――しかし。アナスタシアのやつ、いつからこんな脳筋系に。お前聖職者だろ……。
「――……ッか、は……ッ」
声も出ない、か? あれは俺が食らっても、素ならかなりきついだろうな。
腰を九の字に折り曲げるドロテアだが、しかし……それだけか。血を吐いたりしないし、倒れ込みもしない。案外平気そうな。
「下手したら内臓が傷つくくらいの威力だったが。さすがに、【禍福改竄】がいくらか守ってくれたか?」
とはいえ。いくら威力が殺されたといっても、これ以上こっちに逆らう気をなくすくらいではあったんじゃないか。
と、思ったら。
「げっっほ、ごは……ッ! ひゅっ……ぉんな、の、ぜんぜんッ! 今度こそ、【禍福、改竄】全開でぇ……ッ!」
目には溢れる涙、口の端からはダラダラとよだれが垂れてる。膝もがくがくと笑ってるが、それでも目に浮かぶ光だけは消えてない。
……俺たちへの対抗心、気力だけでもってるようなもんか? だが、案外それも馬鹿にはできない。
スキルの発動で感じる魔力も今日一だ。
「……まだ、やる気ですか。別に、無駄に痛めつける趣味はないんですが……それならもう一度――」
「いや、アナスタシア。いい」
「え? ヴィクターさん……?」
「次は……俺がやる――」
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