第8話 『これ』のために鍛えてますっ!
【火精招来】。
火精の里に住む者たちにだけ発現するというレアスキル。
かのセラス伯が里ごと手に入れようとしたほどに貴重で、そして有用なスキルだ。
俺の【スキル購入】で買うにはとんでもない金がいるそのスキルの力は――。
「精霊さん……! ご主人さまとわたしに――
ダリヤがそう言った瞬間。
中空に突然、魔力の塊が湧き上がる。目に見えず感覚でしか捉えられないそれは、ふよふよと空を漂って、そして魔力の大きさを突如増した。
直後。俺たちの体に熱を持った魔力がまとわりつく。
「――ありがとう精霊さん! ……よし、ちゃんと発動できてますっ。ご主人さま……!」
うまくいったみたいだな。さっきまで隣にいたダリヤが、俺の目からはほとんど見えなくなった。
よく目を凝らすと、空間にわずかな揺らぎがあることが分かるが……そうそうバレるものじゃない。まとう魔力も、この程度なら気づくやつの方が少ないはず。
「……上出来だ、ダリア」
「……っ! っはい!! ありがとうございますっ!」
姿は見えんが、ぱあっと顔を明るくしたのが目に見えるようだ。
「……褒めてもらえました! 激レアですッ……」
なにやら小さく喜んでるな。俺なんかを相手に相変わらず健気なやつだ。
しかし、敵地で大声は控えた方がいいが。まあ、訓練を開始して初めての実践だからな。多少気合が入るのは仕方ないか。
「それじゃあ。また用があったら呼びますねっ」
ダリヤはそう言うと。
さっき中空に湧いた魔力の源である存在――火の精霊とやらがすうっと消えるのが分かった。
……相変わらず、得体の知れない存在だ。目には見えない魔力のような何か、としか分からん。
いったいあれはなんなのかと、気にはなるが。
「いまは、それを考えるときじゃないからな。――さあ、行くか」
「……はい!」
そうして、俺たちは姿を隠したまま。
いまだに揉め続けるアラヤたちの脇を通って、白亜の教会の中へと忍び込むのだった。
そうして、閑散とした礼拝堂を素通りし。
奥に続く通路に入り、そこかしこに月神教のモチーフが散りばめられた道を歩くことしばらく。
「……前から二人。端に寄れ」
「……はいっ」
気楽そうにお喋りしているシスター、か。
「――そしたらね。なんでか私、いつもよりずっとすごい勢いで怒られちゃって」
「そんなに怒ることじゃないけどねえ。司教様たち、今日はどうもピリついてるわね」
「ねー」
……行ったか。しかし、いまの会話。
「ピリついてる、な。やっぱりここで何か起こっているのは間違いなさそうだな」
「はい、いつもと違うって言ってました」
敵対派閥の旗頭を拉致、拘束しているのだとしたら。それを指示した者、知らなかった者……どんな立場であれ平静ではいられんはず。
後は事情を知ってそうなやつ――さっきの話にも出てきた司教なんかを探して、その動向を監視すれば。
と思って、さっきから教会内を練り歩いてるんだが。
「――あっ。ご主人さま、あれ! いかにも偉い人がいそうな……!」
あの、重厚な木の扉。確かに他の部屋とは明らかに違う。
「中の様子をうかがうぞ」
「はいっ」
近寄って、扉に耳を当ててみるが……ダメだ、分厚すぎて何も聞こえんな。それならば――。
「【大気支配】」
控えめに発動したこのスキルで。室内の音、つまり大気の振動を俺たちの耳元で増幅してやれば。
「――れで、いかがなされますか? 司教様」
「……捨て置け」
「よろしいので? 仮にも他教区の司教からの――」
「構わんだろう。同じ司教位といっても、格はこちらが上よ。なにせ向こうの拠点は、未開発地区などにあるのだから」
これは! どうやらあの狸司教の話をしているようだ。ということは、その内容はもちろん……。
「全く。証拠もないのに我々が聖女を攫ったなどと。まあ――――その予想は間違っていないのだがな」
……!
「ご主人さま、いま……!」
「ああ。完全に、クロだな」
俺たちが聞いているところで、はっきりと口にしたぞ。そうだろうとは思っていたが、やはりな……!
じゃあ、あとは。もっとも重要なアナスタシアの居場所を……。
「――では司教様。向こうからの使者にはそのように返答しておきますので」
「ああ。証拠は握られていないはずなのだ。知らないの一点張りで構わない」
「かしこまりました。では……」
くっ。会話が、終わった? 司教の相手がこちらに歩いてくる音が……。
このままでは扉が開くし、いったん身を引いて――
「――ああ、それと。彼女はどうだね? 囚われた、かの聖女様の様子は」
……聖女!
「ええ、司教さま。初めは毅然と抗議の声を上げておりましたが、今はもうすっかり……。暗く粗末で、魔力すら使えない牢の中は、さすがに聖女様といえど堪えた様子」
「ふ、だろうな」
アナスタシアはずいぶんと酷い環境にいるらしい。しかも中の会話によると、精神的に参っているとか………………それ、本当か?
あいつ、元奴隷だぞ。司教どもの言う粗末さなんて、アナスタシアにとってはなんてことないはず。まあ、牢に入れられてまったく平気なわけはないだろうが。
……おっと。会話が再開する。
「……逃げ出そうとしていないならそれでいい。監視を続けろ。まあ、逃げるなどできるはずもないだろうが」
「そうですね。あの地下牢にいる限りは――」
「――いや。そうではない」
「……というと?」
「彼女――ドロテア・メイガート司祭だよ」
ドロテア……! やはりあいつもここに。
だが、あいつがいるから逃げられないというのはどういう意味だ。そんなに強い、ということか?
そう、疑問に思ったその時だった。
「ああ、彼女ですか。そうですね。なにせ彼女は」
俺たちの耳に飛び込んできた、聞き覚えのある名前――
「――セラス伯のお気に入り、ですからね」
「なッ……!」
「セラス、伯! 里のみんなの……!」
ここで、その名前が出てくるのか……! まさかあいつ、教会勢力ともつながってたとは。
だが、これで重要な情報がいくつも手に入った。
いまアナスタシアは、この教会のどこかにある地下牢に囚われている。そして、そこを守るのはおそらく……セラス伯の息がかかった司祭、ドロテア。
あの腐った貴族のことだ。どうせドロテアもかなりレアなスキル持ちなんだろ。警戒していかないとな。
「ダリヤ。前回の汚名返上と、家族に繋がる情報を得られるかもしれないチャンスだ。気を抜くなよ」
「……はい! ご主人さまにツンツン褒めてもらえるくらい、特訓の成果を見せてみせます……!」
ツンツン……?
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