第9話 いままでずっと、待ってたんです……!
アナスタシア視点。
―――
光はわずかで、音もほとんど聞こえない。
……教会内で、いちばん暗くて狭い場所。
昔――ヴィクターさんに拾われる前のことを思い出しますね。……とはいえ、あの時と比べればよっぽどいい環境ですが。
牢の中でもベッドやトイレがあって、定期的に水だって補充してくれます。食事もちゃんと腐ってないものが出てくるでしょうし。
「こんな環境を地獄だなんて。みんな、よっぽど生温い地獄を見てきたんでしょうね」
「――そういうスカしたところが腹立つんだよねえ」
「っ! ――……ドロテアさん、ですか」
「うん。また様子を見に来たよ、聖女サマ――いや、アナスタシアさん」
表面上にこやかな顔で鉄格子の向こうに立つのは、ここの司祭のドロテアさんです。
こうして定期的に彼女がやってくるせいで、気を休めることもできません。
「ふふっ。相変わらずその目。ボクのこと嫌いでしょうがないって感じだ」
「こんなところへ放り込まれて嫌わない方がおかしいでしょう」
「そうかな? いや、そうかも。こんなに暗くて不潔なところだもんね。ボクだったら絶対イヤだなあ」
この性悪……。私が苦しんでるところを見て楽しそうにしてるのもいつも通りですね。
……思えば、彼女との付き合いも長くなったものです。
当時、小さな教会の小間使いだった私が月神教内で取り立てられ、見習い聖職者となって。そして、同じく同期で洗礼を受けたドロテアさんと出会った。
その当時から彼女には、あまりいい印象がなかったものです。
私と違って、上の方によく気に入られていた彼女。人当たりがよく、スキルも優秀で。
そして彼女はなんというか、そう――擬態が上手かったんです。
ただそんな、悪く言うなら媚を売るのが上手だったドロテアさんなのに、私に対してはいつだって感じが悪くて。
仕事を奪っていったり、失敗を押し付けてきたりと、そんなことをよくされたものです。
そして今回は――拉致なんて手にまで。
だからこの教会の……権力闘争なんて、嫌いなんです。
「――はぁ。また、その目」
「……え?」
「ムカつくんだよね……。その、『私は貴女たちみたいにくだらないことしません』っていう、その目が……ッ」
ドロテアさんの雰囲気がどこか、危うく?
「結局、今回で派閥争いには参加したくせに。しんどいことはやらずにキレイなとこだけさ……! なにが、聖女サマだ……!」
それは……。でもそんな、良いところだけみたいな言い方は心外です!
「権力を求めるのは、別に悪いことではないですが。それを理由に、外道なことをするのが嫌なだけです……! 貴女みたいに、悪どいことも厭わない上層部に媚を売って、外道の一員になるのが正しいことなんですかっ?」
「そういう、自分だけ安全圏で綺麗事抜かすのがムカつくって言ってるの! そんな思考ができること自体、結局アナスタシアがこれまでひとに愛されてきた証拠でしょ……!」
「……は? なにを言っているのかよく……」
愛されて? それはどういう意味……。教会上層部にってわけじゃないですよね。どちらかといえば嫌われてる方ですし。
じゃあ、なんですか。まさかこれまでというのは……教会に来るまでのことを指しているとでも?
まともな親のもとに生まれることができなくて、奴隷として売られてしまった。そんな私のことを、貴族出身の貴女が。
――幸せに生きてきたから、なんて言うんですか?
……奴隷なんて、経験したこともないくせに――!
「ッ恵まれた環境にいたのは、貴女のほうじゃないですか」
「はぁ? ボクが――」
「――私だって! 貴女のこと、嫌いでしたからッ。いつも小賢しく立ち回って、私には手柄の代わりに面倒なところだけ押しつけて! それで、よく……ッ」
「知ったような口を……! ボクが恵まれた環境にいた? それはただ、ボクが努力してきた結果ってだけでしょ! そこにどんな苦労が、どんなプレッシャーがあったかなんて、知ろうともしないくせにッ」
苦労? プレッシャー?
それって――
「――命、かかってるんですか――?」
「……!」
明日ともしれない命。暴力に怯えて、その日飲み食いするものすら保証されていない。
そんな生活が、貴女に分かるって言うんですか……!?
きっとあの日ヴィクターさんに買われていなかったら、私は遠くないうちに死んでいたんです。そんな世界、想像もできないくせに!
たしかにドロテアさんの言う通り、教会に来る直前――ヴィクターさんのところは悪くなかったです。きれいな服に温かい食事、手厚い教育、果てにはスキルまで。
……でもそれだって。ヴィクターさん、口ではお金のためとしか言いませんし、最後はこんな陰謀渦まく教会勢力に売り払われましたし。
――もう迎えに来て、くれませんでしたし……。
そんな私が愛されてきた? 努力を知らない? もう一度ヴィクターさんのもとで暮らせるよう、私がどれだけ頑張っているかも知らないで!
……ああ、もうダメです。ため込んでいたものが。
ドロテアさんの視線が氷より冷たくなっていることも、自分がストレスで熱くなっていることも、どちらも分かっていますけど。
それでも。それでも――!
「――なんで……。もっと、私を見てくれないんですか。なんで……早く助けに来てくれないんですかッ」
溢れる思いは止まらなくて。
「ヴィクターさんの――――ばかぁ!!」
口から勝手に出た、その衝動は。
待っていた声に、拾われたんです。
「――誰が馬鹿だって?」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます