エピローグ
――薄暮の空の下。
俺たちは未開発地区を歩く。
ぞろぞろと十を超える人数になってるから、周囲の視線を集めてるのが分かるな。姿は見えないが、確かに注目されてる。
俺も外套で姿を隠してはいるが、これだけ奴隷を連れ歩いてると『奴隷使い』だと丸わかりだ。
未開発地区には俺をよく思わないやつもいるから、どこかで人数減らして、拠点を特定されないように帰りたいが……それはそれとして。
俺の両隣を陣取る、外套で顔を隠した二人の少女は……。
「――お前ら……。さすがに、今日はそれぞれ暮らしてるところに帰れよ?」
「私たちのこと心配してくれてるんだ。ふふ、ありがとヴィクターさん」
「ふん……。ちゃんとその辺りは処理して来てますから。心配にはおよびません」
いや、そうではなく。
お前らがいると、余計に目立つだろうが……。
「ご主人さま……」
二人の反応を見て、ダリヤはなぜか俺の服の裾をぎゅっと不安そうに握ってくるし。どういう感情だそれは。
クソ……さすがにもう、今日までだけだぞ……!
「――すまねえ、にいちゃん。ここまで散々助けてもらった挙げ句、住むところまで気を遣ってくれて……」
ここは俺の拠点のすぐ近く、いくつもの放棄された家屋が並ぶ区画。
未開発地区での生活を最低限サポートするため、元奴隷たちをここに案内してやったのだ。
というのも。
先ほど、あとは好きに暮らせと彼らを解放しようとしたのだが、別れた直後明らかに彼らを囲うよう動く気配があった。
ここらに慣れてなさそうな者を見つけて搾取しようと思ったのか、あるいは俺に対して何らかの手札になると思ったのか。
ともかく、襲われると分かっていて放置はさすがに酷か、と。
仕方がないから、俺とルナとアナスタシア、この三手に別れて、姿を隠した敵を撒きながら元奴隷たちをここへ案内したわけだった。
「やむを得ずだぞ。勘違いするなよ、俺は無償で施しを行ってるわけじゃない」
「ああ、分かってるぜ。これだけ手厚くやってもらったんだ。俺たち全員、今後の人生を捧げるつもりでにいちゃんに恩返しさせてもらう!」
……いや、まあ。そこまではいらんが。少なくとも、お前らに払った金貨分を返してくれればそれで。
そもそも、実を言えばすでに【スキル購入】の対価は回収し終わっている。
――つい先ほど。周囲からは空に光の柱が立ち昇る様を見られただろう、商業地区の端っこで。
俺は最後の一撃を誰にも当てず、ただ空に向かって放っただけだった。すでにセラスに色々知られてしまっている現状、やつへの牽制として俺が触れれば危険な存在だと知らしめる必要があった。
その結果、鉄拳は腰を抜かして気を失ったし、まだ動けるはずの敵ももはや俺を襲う気力は失ったようだった。
だから俺は、気を失った鉄拳と重撃の懐から、金の入った財布を拝借してあの場を悠々と去ったというわけだ。
……しかし。
セラス伯はよっぽど金回りが良かったらしいな。あの二人の財布に入っていた金貨の枚数といったらもう……。
「ふふふ……」
いかん、思わず笑いが。しかし今回の出費を補って余りあるこの懐の重み。笑いがとまらんな。
「ヴィクターさん嬉しそうだねえ。やっぱり私たちもお金持ってきた方がよかったかも……」
「ルナはいいかもしれないですけど、私は自由に動かせるお金なんてほとんどないんです。抜け駆けは禁止ですよ……!」
……痛いな、なんだダリヤ。もはや裾じゃなくて脚の皮を握ってる。
「……っは! ご、ごめんなさい……っ!」
別にそんな、泣きそうになって謝られるほどじゃない。
それよりも。いまは、この元奴隷たちだ。
「お前らは、一度ほとぼりが冷めるまで、ここで大人しくしてろ。新しく手に入れたスキルの練習でもして、簡単に搾取されない力を身につけろ。……最低限の飯くらいなら、しばらくは融通してやる――」
今回、金だけで言えば収支は黒字だ。浮いた金の一部をこいつらへの投資に回せば、手堅く金を稼ぐことができるだろう。
それに、こういう数の力を手元に持っておくのも悪くはない。なにかあれば利用できるだろう。
「見てダリヤちゃん。ああいうの、ツンデレって言うんだよ」
「ふん。裏ではどんな腹黒いことを考えてるか分かったものじゃありません――……って、貴女……。……なんて顔して――」
「――――ああご主人さま……っ。やさしいかっこいい尊い…………かわいい……ッ!」
こいつら……好き勝手いいやがって。
ダリヤやめろその顔、なんでヨダレ垂らしてるんだ。気味が悪い。
もういい。さっさと元奴隷たちに衣服や保存食を渡して、今日はゆっくりさせてくれ……と。
――賑やかな一行に眉をしかめながら、俺は早く静かな生活に戻りたいと、そう願う。
いいか。俺の通り名は『奴隷使い』だ。
間違っても、慈善事業を行う聖人君子なんかじゃない。
絶対に譲れない悲願のため、莫大な金を求めて苦労する中。
俺がやること、関わる者、その全ての目的は。
――――ただ金のためということ、お前ら勘違いするんじゃないぞ。
そんな、とある多忙な数日を終えて。
俺の生活はすっかり元通り……とはいかずとも、ある程度の静けさは戻ってきた。
まだ金になってはいないが、ダリヤの育成は順調だし、元奴隷たちも俺の役に立ちたいとやたらやる気がある。
ただ、一つだけ懸念があるとすれば。
――あれから一度も動きを見せない、セラス伯の勢力くらいか。
「拠点を気取られた様子もなければ、出掛けた時に後をつけられることもない。……あの時はあんな派手な動きをしてたくせに、気味が悪いな」
何もないのはいいことなんだが、何もないはずないと思ってたからな。
セラス伯が俺の情報を正確に掴んでるというのは思い過ごしだったか。あるいは、鉄拳に使った大技を見て、多少警戒してくれているか?
しかしいずれにせよ、備えるに越したことはない、か。
相手は有力貴族で、己の欲望のためにはどんな手も厭わない腐ったやつだ。そろそろダリヤや元奴隷たちも落ち着いてきたし、軽く情報収集に動いてもいいな。
問題は、なにをとっかかりに調べるか、だが。
……そういえば。
ここしばらく、来ないな。
――……かつて面倒を見て、今や俺の元から飛び立っていったあの二人――。
「――……さま。……ご主人さまっ! どうでしたか? いまのスキルの使い方はっ」
と、ぼうっとしてた。今日も朝から外でダリヤに訓練をつけてたんだ。
時は金なり。時間を無駄にすることなく、ダリヤを立派な奴隷に育て上げなければ。
そう、気を抜かないよう改めて自分を戒めていた、その時だった。
こっちに駆け寄ってくる、ここ最近で見慣れた人影が。
「――おーい、にいちゃん! 大変だ大変だ! 聞いたか!?」
「なんだ朝から騒がしい……。そんな大騒ぎするようなことに聞き覚えはないが、なんの用だ」
「それが、ほんとにびっくりすることなんだよ!」
なんなんだ一体。セラス伯が攻めてきたとかでない限り、俺はそうそう驚きは――
「なんと! ――未開発地区に、教会ができるって言うんだ! ビックリだろ!?」
なに? 教会、だと……!?
商業地区ではなく、この未開発地区に?
「しかも! そこの責任者として来るのは誰だと思う? きっとたまげるぜ!」
……。
なにか、胸騒ぎがする。
ちょっと前に再会した、教会所属の人物。
ここ最近姿を見せず、もう俺から興味をなくしたかと思ってたが。
もしや……。
「俺たち未開発地区の住民を見捨てず、救いの手を伸ばそうとしてくれてるそのお方! ――――かの『聖女』、アナスタシア・グローリエ様だってよ!」
……。
最近、姿を見ないと思ってたら。
そんな、未開発地区に教会なんて、ぶっ飛んだことをしようとするのは。
お前か、アナスタシア……!
やっぱり俺の周りは、しばらく静かにはなりそうにない――――
―――
ということで。
次章への布石も打ったところで、第一章は終了です。ここまで読み進めてくれた方に感謝を!
一話だけ閑話を挟んで第二章に進みます。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます